写真 2017-08-23 11 59 58 (3)

『靖国』の本質に触れる

『靖国神社についてどう思いますか?』

ともし聞かれたら、あなたはどう答えますか?
 

おそらく人によってかなり意見は分かれると思います。
 

マスコミでも何かと騒がれているのがこの『靖国神社』です。

戦争という暗い影がつきまとっているので仕方がない面があるのかもしれません。
 

しかし過去の記憶や解釈で覆いかぶさっていて、その本質や真実が分かっている人は少ないと思います。
 

神伝人(つたえびと)山田祥平さんの案内で訪れた靖国神社で、私はその本質に触れてきました。

もちろん個人的な感想ではありますが、私はとても貴重な体験をさせてもらったと確信しています。
 

一体それはどんなものだったのか?
 

周囲やマスコミが伝えている情報ではなく、この心と身体で体感してきたことを包み隠さずお伝えします。

そもそも靖国神社とは?

靖国神社と言えば、

『大東亜戦争(第2次世界大戦)で尊い命を落とした人が祀られている』

というのが、一般的なイメージだと思います。
 

しかし、実は幕末の志士たち、坂本龍馬や西郷隆盛、高杉晋作なども含まれています。

明治維新から大東亜戦争(第2次世界大戦)までに国のために尊い命を落とした人々をお祀りしているところなのです。

身分や勲功、男女の区別を問わずにです。

その数、246万6千余柱。
 

明治2年(1869年)に建てられた東京招魂社が始まりで、明治12年(1879年)に「靖国神社」という名に改称されました。

『靖国』と命名したのは明治天皇で、『祖国を平安にする』という想いが込められています。
 

しかし、諸外国の人々が疑問に思うのが、

『なぜ戦争に関わった人たちを神様としてお祀りするの?』

ということです。
 

これは何も諸外国の人々だけではなく、いまの日本人でもその疑問に答えられる人はあまりいないかもしれません。
 

そこには、日本にある思想や考え方の根底を理解する必要があります。

いえ、思い出す必要があるのです。
 

一体それは何なのでしょうか?

『関係性においてのみ神様になる』という思想

西洋でいう『GOD(神)』は絶対的な存在です。

そこには、「絶対的で完全な神様」と「未熟な人間」というような図式があります。
 

この『GOD(神)』という概念を日本人に当てはめるようとするとおかしなことになります。

日本には古来より、この絶対神『GOD(神)』という概念がないからです。
 

八百万の神々と言われるように、日本には様々な神様がいます。

漢字の『神』を当ててしまったので、混同しがちなのですが、西洋で言う『神』と日本の『カミ』は全く異なるものです。
 

神社にお祀りになられている『カミ』さまたちは、みな私たちの祖先です。

『ホツマツタヱ』を学び、『カミ』は『守』だったといういうことを知りました。

大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)などで使われる『守』のことですね。
 

神話では、少し面白おかしく描かれていますが、みな実際にいた祖先のお話です。

それを表すかのように、『古事記』などで描かれる神様たちは、西洋の完全なGODではなく、欠点もある人間のように描かれていますよね。
 

魂(たましい)は『たま』と『しい』に分かれます。

たま=御霊

しい=心や感情(嬉しい、悲しい、惜しい、悔しい、楽しい、、)
 

神社にはその祖先の『たま』が宿っているというわけです。
 

そして、ここが重要なポイントです。
 

それは、日本人にとって

『神様は信じるものではなく、感じるもの』

だという点です。
 

『えっ?どういうことですか?』

と思ったかもしれません。
 

つまりこういうことです。
 

日本人にとって、

『お蔭様でありがとうございます』

と感じれる存在が全て神様になるということです。
 

靖国神社に祀られている英霊たちに対して、日本人はその氣持ちがあった。

だから靖国神社に祀られているのです。
 

国のために尊い命を落とした祖先の人たちに、感謝と畏敬の念を込めて手を合わせる。

これは、昔の日本人にとっては当たり前だったのです。
 

しかし、戦後の極端な自虐史観によってそれは歪めれれてしまいました。
 

『戦争はよくない』

これは小学生でも分かります。

そこに異論はありません。
 

『歴史に学ぶ』とよく言われますよね?

確かに歴史から学べることは多いです。
 

しかし、これも氣をつけなければならない面があります。
 

歴史を知るというのは当然、未来から過去を見る行為です。

これは客観的に見ることができるという利点はあります。
 

たくさんの書物を読めば、それだけ知識も増えるでしょう。

知識を増やして、それを自分なりに理論づけて、自分なりの解釈をつけることはできます。
 

しかし、その当時の人たちの視点でどこまで実感できるのかは大きな疑問です。
 

時代の大転換期に命懸けで生きた時代。

戦地にいても、祖国にいてもいつ命を落とすか分からない時代。
 

しかし、日本には『八紘一宇』という理念もあった。
 

この言葉はもともと神武天皇(初代天皇)が橿原宮(かしはらのみや)に即位したときに出された神勅です。

「八紘(あめのした)を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむ」

全世界を一つの家のようにするという意味です。
 

残念ながら、戦後、この言葉の解釈も歪められてしまいました。
 

戦後の価値観で解釈されたことがたくさんあります。

それを全て否定するつもりはありません。
 

しかし、その渦中にいた人たちの想いを本当に理解することができるのか。
 

そこには『可哀想』『悲惨』だけでは語れないことがたくさんあるはずです。
 

その時代の空気感はその時代に生きた当事者しか分からない。

多くの人が、当時よりも断然平和な現代の感覚で『分かったつもり』になっているように思います。
 

少なくとも、靖国神社にきて、遊就館に展示されているものを、

先入観なくその心と眼で感じることができれば

靖国神社に対する誤解は解けるでしょう。

昇殿参拝で英霊たちの声をもっと身近に感じる

靖国神社には昇殿参拝というものがあります。
 

これは拝殿の外からお賽銭を入れて参拝するのではなく、拝殿の中で参拝をすることです。
 

もともとの予定には含まれていませんでしたが、今回の神社案内の主催者でもある山田祥平さんが皆に提案してくれたのです。

私を含む他の9名の参加者は全員一致でその提案に賛同しました。
 

建物の中には他の申込者の人はいませんでした。

申し込みを済ませ、大画面で靖国神社や正式参拝の説明などのビデオを最初に見ます。

しばらくすると、声がかかり、みなで拝殿の中へと案内されます。
 

初めて足を踏み入れる靖国神社の拝殿の中。

一歩ずつ足を踏み出すたびに、厳粛な氣持ちになってきます。

お祓いを受けた後、拝殿の中心部、大きな鏡がある場所へと案内されます。
 

代表者3名が玉串を供えます。

そして、みなで参拝をしました。
 

この拝殿の大きな鏡の前にいると不思議な感覚を覚えました。

とても穏やかで、優しい雰囲気が漂っているのです。
 

英霊たちの御霊がそうさせているのでしょうか。

まるで英霊たちの御霊がもう鎮まって、優しく語りかけてくれるかのようです。
 

拝殿の外や遊就館にいると、

『自分もまだまだ頑張りが足りない』

『もっと日本にために生きなければ』

という氣持ちになります。
 

もちろん、それも大切なことです。
 

しかし、この拝殿の中にいると、もっと穏やかな氣持ちになるのです。
 

その時は上手く言葉にはできなかったけれど、いまは改めてこう思います。

『自らの御霊を輝かせてくれれば、それでいい』

そう言われていたような氣がするのです。
 

英霊たちは、その時代時代で命の限り、精一杯生き抜きました。

そして、私たちにこの国の未来への『たすき』を繋いでくれたのです。
 

この国の歴史は、全てがこの国の神話です。

古事記や日本書紀だけではありません。

みなの生き様が神話となっていきます。
 

『だから日本のために頑張る』

という意識が必要なのは分かります。
 

しかし、それは強制されるものではないのも確かです。
 

そして、こうも思うのです。
 

『自らの御霊を輝かせる』

それは自ずと日本を輝かせることになるのではないでしょうか。
 

人は現世に生まれる前に自らの課題や役目を決めてくるといいます。

そうであるならば、この日本を選んで生まれてきた何らかの理由があるはずです。
 

この大和の地で生まれた人はみな、遙かなる祖先の想いをその『御霊』の中に受け継いでいるのではないでしょうか。
 

『日本の為、祖国の為』

その想いも大切です。
 

でもそれは意図的に声を大にして言うものではなく、自らの御霊が曇りなく輝くときに、自然とあふれ出すものなのかもしれない。

そんなことをいま感じています。
 

ありがとう、英霊のみなさま。

ここに導いてくれて本当にありがとうございます。

私は私の御霊を輝かせます。

きっと、それがこの日本を輝かせる一筋の光となっていくことでしょう。

 

『人は全ての人と繋がることはできないかもしれない。どうしても嫌いな人もいるでしょう。
でも、自らの御霊が天と地と糸のように繋がり、その天と地でみなと繋がっていけばいい。
それが広がっていくことが、ワンネスであり、八紘一宇なんです』

祥平さんが語った『八紘一宇』についてのお話が思い出されます。
 

靖国神社で深く、深く体感した1日となりました。

一緒に参加した皆さま本当にありがとうございました!
 

 

P.S.

昇殿参拝は10名で団体参拝ということになったのですが、代表者である祥平さんが団体名を尋ねられたときのことです。
 

祥平さんがこう答えます。

『明日の神話を生きる会でお願いします』
 

それを、聞いたとき、

『ああ、そういうことだったのか』

と思いました。
 

『明日の神話を生きる会』

これはこの秋に山田祥平さんを団長に迎えて参加する勤労奉仕の団体名です。
 

『今日の靖国神社での昇殿参拝はここに繋がっていたんだ』

そう理解しました。
 
実際、今日集まったメンバーの内、7名は一緒に勤労奉仕に参加する人たちです。
そして今回の参拝を機にメンバーに加わってくれた新たな同士がいます。
 

祥平さんの理念に賛同して全国から集まる約60名の仲間たちがいます。

まだほとんどの方にお会いしたことはありません。
 

しかし、きっとこの秋の勤労奉仕で共に素晴らしい体験ができる。

そう感じています。

いえ、きっとそうなることでしょう。