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人生を創造するということで、ちょっと考えさせられました、、、

最近、特に強く感じている自分自身が人生の創造主という感覚。
 

私も、ことあるごとにFBやブログなどでも書いていますが、
 

先日、二ヵ月ぶりに会った友人とのやり取りで、

『う~ん、確かになあ』

と思ったことがあったので書いてみたいと思います。
 

徹夜でいろいろな話をしていた中で、

『人生を創造する』

という話になったときのことです。
 

細かい言葉尻や言い回しは忘れてしまいましたが、こんなニュアンスのことを友人が言いました。 
 

『確かにみんなが創造しているのだけれど、

世の中は受け取る側があって成り立っている面もあるよね。

そして数ではそっちの方が圧倒的に多いんじゃないかな。

彼らは彼らで受け取るということで人生を創造しているんだけどね。

もちろん、積極的に創造する側の方が面白いとは思うけれど。』
 

確かにアイフォンから始まったスマホブームを見ても頷ける話です。

あの小さな製品の中には創造されたものが、たくさんつまっていますよね?
 

でも、これだけのブームになったのは、それだけ受け取る人がたくさんいたからです。

もちろん、

「必要に応じて使っている」

「とにかく空いている時間はずっといじっている」

など、使い方は人それぞれだと思います。
 

私は『創造性はあまりに過度になると、誰かの創造性を奪うことになる』なんて思っていたのですが(笑)

誰もが積極的に創造したいとは思っていないというのも確かです。
 

私は詩や文章を書くので、どんどん発信していきたい方なのですが、

それも受け取ってくれる人があってのことです。
 

そして当然、提供する側と受けとる側は完全に分けられるものではないですよね。

その比重は違うでしょうが、誰もが提供したり、受け取ったりしているからです。
 

ただどうしても、創造するというと『クリエイター』というイメージがついてしまうものです。
 

絵を描くにしても、仕事にする人、趣味で楽しむ人いろいろいます。

でも趣味でやろうが、創造していくことには変わりありません。
 

この地球上ではプロとかアマチュアとかの区分がありますが、それもあくまで概念上のこと。
 

ただもっともっと本格的に『創造したい』『表現したい』という想いがあるなら、絶対した方がいいです。

私も今は違いますが、その想いを持ちながら、ずっとそれをしてこなかったから、心底そう思います。

地球はみんなで創造する場所

もちろん、友人が言ったみたいに、受け取るということで創造していることにもなるのでしょう。
 

もしかしたら、この地球に何らかの影響を与えているという意味では、

この世に存在しているだけで創造していることになるのかもしれません。
 

イベントなどでも、主催する人、誘ってキッカケを作る人、参加する人など、

いろいろな人がいて、みんなで成り立っています。
 

でも、どれがすごいとか、エライとかではなく、みんなでその場をクリエイトしているわけです。
 

そうやって、みんなで参加しているのがこの地球という場所で、それぞれが、それぞれの役割を演じています。

この地球は大きな劇場みたいなものです。

この地球大劇場は、みんなで参加しながら、みんなが主役。

ただし、ここにはドラマや映画みたいに、脇役という概念はありません。
 

みんなが主役だからです。

そう、自分が人生の創造主ということですね。
 

同じ地球という場を共有していますが、この世界や宇宙は、人それぞれ違います。

その人の視点や感覚を通して見ている世界や宇宙はみんな違うからです。
 

最近、ドラマや映画でもサイドストーリーみたいなものがありますよね?
 

これは、脇役だった人を主役にして、その人の視点でストーリーを展開するものです。
 

大河ドラマなどでも、家康が主役のときと、秀吉が主役のときでは描かれ方が違います。

特に最近は、今まであまり表に出てこなかった人たちが主役になったりしますが、

同じ戦国時代や幕末でも、その人たちの視点から見たものはやはり違って見えます。
 

これなんか、みんなが主役、そして、世界は人それぞれ違うということをよく表していませんか? 

この世界や宇宙にある『真理』

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この世界や宇宙にある『真理』というものも、

ハッキリと観えている人もいれば、まったく分からない人もいます。

それはきっと世界や宇宙の観え方、感じ方、捉え方が違うからです。
 

スピリチュアルとか物質的とか単純な分け方ではなくて、

もっと重層的で多角的な視点や感覚や捉え方が必要なのかなと最近は思います。
 

主観と客観。

カメラのズームインとズームアウト。

それを、さまざまな角度からする必要があるみたいな。
 

山には登山口がいくつかありますが、みんなが知らないような登山口だってあるかもしれません。
 

よく、真理はひとつ、そこへ至る経緯(道のり)が違うだけと言われます。

でも、いろいろな道のりから真理を捉えられれば、より深く理解できるのかなと思います。
 

私も探求する途上なので、上手く言語化できませんが、

ただ、直感で生きれば全部オーケーというような単純なものではないかなとも感じています。

もちろん、直感やインスピレーションは『真我』からの声なので、重要な羅針盤になるのは確かです。
 

まあいろいろと複合的に見る必要があるのかなと感じる今日この頃と言うわけです。

だから、探求するのが面白いのでしょうけれどね。
 

 

P.S.写真は先日のわせなつみさんのコンサートが行われた『月白亭』で出されたとても美味しいお饅頭。

投稿とは全然関係ないですが(笑) 
 

『地球大劇場へようこそ!』

みたいな感じですかね(笑)

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あっ、『真我』という言葉が出てきましたけど、『真我魂』という言葉を聞いたことありますか?

勾玉は真我魂(しんがたましい)とも言うんですが、知ってました?

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『えっ?何のことですか?』

と思った方はこちらの記事もどうぞ。

勾玉に込められた想い