改めて感じる体感することの大切さ

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「諏訪大社」

ここは全国約25,000社ある諏訪神社の総本社です。
 

「そんなにたくさんあるの!?」

と思った人もいるかもしれません。
 

私も調べてビックリしました。
 

これだけたくさんあるので、

諏訪大社へ参拝したことはないけれど、諏訪神社には参拝したことがあるよ」

という人もいると思います。
 

私も実家の近所に諏訪神社があるので何度も参拝したことはあります。

でも、知っていたのは、、、

御祭神が建御名方神(たけみなかたのかみ)ということ、出雲の地で建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)に敗れて、諏訪の地へ逃げてきたということくらいです。
 

国譲り神話として有名なので、このお話をご存知の人も多いのではないでしょうか。

この二柱の神様のやり取りは、「古事記」の大国主神国避の段(おほくにぬしのかみくにさりのだん)に詳しく載っています。
 

有名なお話ですが、なぜか「日本書紀」には載っていません。
 

今回、諏訪大社を参拝するご縁を頂いて、この神話の奥にある物語を知ることができました。
 

いえ、知るというより、、、

実際にその物語が起こった土地で見聞できたことで、体感、より深い部分で感じ取ることができたという方が正しいです。
 

この諏訪の地は本当に奥深い。

そして、どこか懐かしい。
 

ご縁をつないで頂いた吉野由美さんのご案内のもと、諏訪の地を感じてきました。

太古の記憶が色濃く残るこの地で、私はどんなことを感じ取ってきたのでしょうか。

ところで「諏訪大社」ってどんなところ?

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「諏訪大社」は信濃國の一之宮で、先ほども書きましたが全国25,000社ある諏訪神社の総本社。

諏訪湖の周辺に、上社本宮、上社前宮、下社秋宮、下社春宮に分かれて境内があり、2社4宮からなる神社です。

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主祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)と、その妃の八坂刀売神(やさかとめのかみ)
 

この諏訪大社、他の神社にはない、とても変わったところがあるのをご存知ですか?
 

実は、諏訪大社には「本殿」がありません。
 

意外と勘違いしやすいのですが、普段お賽銭を入れてお参りをする場所は「拝殿」です。

「本殿」とは「拝殿」の奥にあり、お祀りしている神様のご神体(神霊)が安置してある場所のことを言います。

神様がいらっしゃる御殿ですので、いつでも、誰でも簡単に入れる場所ではありません。

「昇殿参拝」など、特別な参拝をするときだけ入ることができます。
 

「えっ?じゃあ諏訪大社の神様はどこにいらっしゃるの?」

と思ったかもしれません。
 

実は、諏訪大社は守屋山を御神体にしているのです。

正確に言うと、「守屋山」を御神体にしているのが上社本宮と上社前宮で、下社春宮は杉の木を、下社秋宮は一位の木をご神体としています。
 

実は、この「守屋山」や「ご神体」についてはいろいろなお話があるのです。

ここからがとても興味深い話になってくるのですが、知りたくありませんか?

現人神(あらひとがみ)がご神体?

まずは、「ご神体」について書いていきます。
 

冒頭に出てきた国譲り神話に少し話を戻しますね。

建御名方神(たけみなかたのかみ※諏訪大社の御祭神)は、出雲の地で建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)に敗れて、諏訪の地へ逃げてきました。

ここまでは知っている人も多いと思います。
 

「それで、、、逃げてきた後の話ってどうだったの?」

というお話なのですが、私もここに来るまで考えたこともありませんでした。
 

でも私にとって、ここからのお話が今回の諏訪大社参拝でとても深く感じ入ったところだったのです。
 

この諏訪の地には、もともとミシャグジ神モレヤ神ソソウ神チカト神がいました。

ミシャグジ神は「塞の神(さいのかみ)」という境界を張る神様、モレヤ神は石木の神様、ソソウ神は蛇神、チカト神は狩猟の神様です。
 

「諏訪明神絵詞(すわみょうじんえことば)」には、建御名方神(たけみなかたのかみ)が侵入してきたとき、天竜川河口で迎え撃ったのがモレヤ神で、戦いに敗れたとあります。
 

戦に勝った建御名方神(たけみなかたのかみ)の子孫の諏訪氏は大祝(おおほうり)という生き神になり、敗れたモレヤ神の子孫の守矢氏は神社の筆頭神官になりました。

ちなみに守矢氏は物部守屋とも関係があるとも言われています。
 

つまり、この大祝(おおほうり)がご神体と同一視されていたということなのです。

建御名方神(たけみなかたのかみ)の子孫である諏訪氏が現人神(あらひとがみ)として。
 

これは、他の神社では聞いたことがないお話ではありませんか?

諏訪大社の御頭祭(おんとうさい)と守屋(モリヤ)山

次に、「守屋山」について書いていきますね。
 

この「守屋山」、「モリヤ山」として旧約聖書に登場します。
 

「えっ?旧約聖書?」

と思った人もいるかもしれません。

というか私もそうでした(笑)
 

こんなお話があるのをご存知ですか?

アブラハムは自らが信じる神(ヤハウェ)から、息子のイサクを生贄(いけにえ)に捧げるように命じられます。

そして、まさに息子に手をかけるその瞬間、アブラハムの信心を知った神に止められて、代わりに羊を捧げることになりました。
 

その時にアブラハムが、神に命じられて登ったのが「モリヤ山」なのです。
 

実は諏訪大社では、古来より「御頭祭(おんとうさい)」という祭りが行われてきました。

現在でも毎年4月15日に行われ、剥製(はくせい)の鹿の頭が3頭供えられます。
 

でも江戸時代までは、「おこう」と呼ばれる15歳未満の少年が生贄(いけにえ)にされてきました。

ただ、実際に生贄(いけにえ)にされるわけではなく、御贄柱(おにえはしら)という柱に縛られた少年を神官が開放して、代わりに鹿の頭やウサギが捧げられるというものだったようです。
 

さきほどのイサクのお話と非常に似ていませんか?
 

この「御頭祭(おんとうさい)」はもともとミシャグチ(ミサクチ)神の祭祀として行われてきました。

ミサクチ神はヘブライ語では「イサクに由来する」という意味もあるのだそうです。

「ミ(御)・イサク・チ(蛇)」で、イサクの信仰が諏訪の蛇神と融合したいう説もあります。
 

「日ユ同祖論」などで、日本人とユダヤ人の関連性を説く話があり、それを信じるか、信じないかは個々の自由です。

私も正直よく分かりませんが、諏訪大社に関するこれらの共通性はとても興味深いなと思いました。

「神長官守矢資料館(しんちょうかんもりやしりょうかん)」で感じた太古の息吹

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こちらが「神長官守矢資料館(しんちょうかんもりやしりょうかん)」です。
 

「神長官守矢」とあるように、ここは古代から明治の初めまで諏訪大社の上社の神長官を務めてきた守矢氏に関する資料館
 

建御名方神(たけみなかたのかみ)が諏訪に来る遥か昔から、この地を治めていたのがモレヤ神であり、その子孫が守矢氏でしたね。
 

この資料館や周辺では、この諏訪の地の太古の記憶や息吹を強く感じることができました。

この辺りでは縄文時代の生活跡が発掘されているそうですが、それも頷けますね。
 

資料館の中には御頭祭(おんとうさい)に関する展示がしてあります。

たくさんの鹿や猪の頭の剥製やウサギの剥製などもあり、かなり生々しくて迫力がありましたね。

人によっては写真を撮るのをためらってしまうかもしれません。

私は撮れなかったので、資料館で頂いたパンフレットの写真から掲載させて頂きます。

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こちらが資料館の周囲にある「ミシャクジ社と社叢(しゃそう)」です。

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この社の前にいると、どこか懐かしいような感覚を覚えます。

ここには、遙か昔、太古の息吹を感じたからです。
 

守矢氏は、縄文時代から信仰されてきたミシャグジ神と共に生きてきたのですね。
 

「古事記」にある国譲り神話からすれば、建御名方神(たけみなかたのかみ)は諏訪の地へ逃げてきたことになります。

しかし、諏訪にもともといたモレヤ神またはその子孫の守矢氏からすれば、建御名方神(たけみなかたのかみ)侵入されたということに他なりません。
 

でも、これは完全なる征服というよりは、共存共生だったのでしょう。

諏訪氏が大祝(おおほうり)として、現人神(あらひとがみ)になり、守矢氏が神長官として実際に神事を取り仕切っていたということが、それを物語っているからです。
 

もちろん、全て話し合いで済むような、きれいごとだけではなかったでしょう。
 

でも、これは日本らしい在り方だなあと思います。

外国では戦に勝ったら、完全なる征服というのが常だからです。
 

例えば、「朝廷(天皇)と幕府(武士)の共存」があります。

これは、権威は天皇にあり、政治は武士が取り仕切るというものです。

でもこれ、日本人は当たり前のように受け入れていますが、外国人にとっては日本の歴史の中でも理解が難しいところだと言われています。
 

この諏訪の地で強く感じたことは、もともとは外来の神であった建御名方神(たけみなかたのかみ)と土着の神のミシャグジ神やモレヤ神共存共生しているということです。

それは、諏訪大社や神長官守矢資料館を訪れることでよく分かります。
 

そこにある色濃く残っている要素が、よりリアルに過去に起こったであろうことを思い出させてくれるからです。

この地で繰り返されてきた生と死や数々の出来事が、神話という書物のお話ではなくてより現実味を帯びて感じられます。

見どころはたくさんあり、どこも素晴らしかったですし、個々に挙げればきりがありません。

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どの場所も、とても心地よくて、心が洗われるようでした。

ただこの場所にいて参拝するだけでも、訪れる価値は十分にあると思います。

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でも、今回の初参拝では、この諏訪の地の本質的な深い部分に触れられたことが何よりよかったです。
 

今回の長野の旅は、吉野由美さんがご縁を繋いでくださり、玉依比売命神社(たまよりひめのみことじんじゃ)の児玉石神事に参加するという話から始まりました。

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そして、せっかくだからと諏訪大社もご案内頂けることになったのです。
 

きっと、建御名方神(たけみなかたのかみ)だけでなくて、ミシャグジ神モレヤ神も導いてくださったのでしょう。
 

昨年から神社ツアーなどに参加して、いろいろな場所を訪れています。

どの場所も、素晴らしくて、たくさんの学びや感じることがありました。
 

この諏訪の地もまた本当に訪れてよかったと心より思います。
 

ご縁をつないで頂いた神様や吉野由美さんには感謝の氣持ちでいっぱいです。

そして、この諏訪の地を一緒に巡ってくれた方々にも心より感謝しています。

本当にありがとうございました!
 

きっと、この諏訪の地にはまた来るような氣がします。

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