こんなにスゴイ場所があったとは!?

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「皆神(みなかみ)神社」

長野県長野市松代町に鎮座する皆神山。

その山頂にあるこの神社は、とにかくエネルギーが高く、心地よい場所でした。
 

それもそのはずで、、、

この皆神山、「最古のピラミッド」とも言われているのです。
 

「えっ?そうなの?」

と僕も聞いてビックリ。
 

諏訪大社、玉依比売命神社と巡ってきて、

初めて知ることや驚くことがたくさんありました。
 

そして、この皆神神社もまたいろいろと興味深いことがたくさんつまっていて、

新たな驚きを与えてくれる場所となったのです。
 

この世に生を受けて44年経ちますが、

知らないことって本当にたくさんあるなあとつくづく感じます。

それでも知らないことが恥ずかしいとは思いません。
 

多くの人が情報や知識だけで「知ってるつもり」になっている現代。

改めて、「知ってる」という意味が問われているような氣がするからです。

検索すれば情報は得られるのですから、

情報や知識だけの価値はどんどん下がっているようにも感じます。
 

その情報や知識をどのように活かすのか。

その情報や知識は体験を伴うような深いところから語っていることなのか。

そんなことが問われているような氣がします。
 

学校でも、先生が授業をしないで上級生が下級生に教えたり、

テストの問題を自分で考えるなどの試みを行っているところもあるというお話を聞きました。

そんな話を耳にすると、表面的な知識だけを集めるような時代は、もう終わりつつあるのを強く感じますね。
 
 

今回の長野の旅では、諏訪大社、玉依比売命神社と巡り、この皆神神社へとやってきました。

どの場所も初めて訪れたところばかりですが、大きな導きを感じています。
 

そして、その導きを感じるときが、

本当の意味での知るタイミングなのだと僕は思っています。
 

「最古のピラミッド」と言われる皆神山の山頂にある皆神神社で、

僕はどんなことを体感してきたのでしょうか。

なぜ皆神山は「最古のピラミッド」と呼ばれるの?

皆神山(みなかみやま)は、標高659メートルの溶岩ドーム。

この皆神山付近を震源地として起きたのが、1965年から1971年にかけての松代群発地震です。
 

深さ7kmほどの浅い地震が5年間も続き、総地震数はなんと71万1341回。

それに伴って1967年にこの付近の重力分布調査が行われたそうです。
 

その結果、皆神山付近には低重力域があって、

地下には短径800m、長径1500m、深度200mのマグマ溜まりが起源と考えられる空洞があることが推定されました。
 

ただ、地震原因についてはいろいろあるみたいですが、決め手となるものはなかったようです。

そう言えば、「第2次大戦中に、ここを大本営にしようとしたのは、この松代の地が特殊な磁場を形成していて(当時の)飛行機のレーダーでは正確に捉えられないから」というお話を由美さんがおっしゃっていましたね。

人智では計り知れないことが、この皆神山には秘められているのかもしれません。
 
 

それで、なぜ皆神山が最古のピラミッドなのかと言うと、、、

参拝者駐車場にある看板に書いてあるからです、かなりしっかりと(笑)
 

たぶん読んでもよく分からないというか、かなりビックリする内容となっています。

でも、せっかくなのでご紹介しますね。

写真では分かりづらいので、下に文章で書いてあります。

看板1

「皆神山の造山方法はエジプトのピラミッドのように人の労力ではなく初歩的な重力制御技法(部分的干渉波動の抑圧)により、当時長野盆地が遊水湖沼(最後のウルム氷期の終末期で東・南信の氷解水による)となっておりその岸のゴロタ石等堆積土砂石を浮揚させ空間移動させるといったダイナミックな方法でした。(従って現在でも皆神山山塊だけが非常に軽く負の重力異常塊となっています。)」

看板2

「この皆神山の盛土的山塊が自重により不均衡凝縮=ねじれ摩擦現象=起電=電流発生といったダイナモ機能山塊となり、電磁波が生じ、この磁力と重力制御(反重力)により物体(電磁反発飛昇体)が垂直に離着陸するようになったのです。古文書に出てくる<天の羅摩船>等がこの飛行体です。 」

「 皆神山は,古い古墳時代や弥生時代更に遡っての縄文時代やエジプト・インダス・黄河・シュメール各文明よりずっと古い、今から2~3万年前(浅間山、焼岳ができたころ、飯代、妙高、富士は約九万年前)の超太古ともいうべき遠い旧石器の時代に造られました。(人工造山=ピラミッド、ピラミッドはギリシャ語源で三角型のパンの意。)」

「 この皆神山を造った人間は、古事記に出てくる須左之男命(自然主義的な科学技術者の集団の総称)で現代科学とは全く異質ではるかに優れた高い知的能力をもつ人類でした。(旧人ネアンデルタール人系)」

看板3

「 では、何のために造ったかというと、墳墓ではなく地球上の各地や、宇宙空間への航行基地として造られたのです。」

「超太古の宇宙航行基地である皆神山の祭神は従って高度の知的能力集団でみんな宇宙航行や宇宙基地に関係する次の四神です。」

「熊野出速男命・・・宇宙船<天の羅摩船>等の航行の技術、管理を引き継いだ最後の集団で、北信地方の開拓祖神」

「少名毘古那神・・・宇宙船で皆神山航行基地を離着した大国主命の参謀集団」

「泉津事解男神・・・皆神山航行基地をはじめ、全宇宙基地を管理した集団」

「速玉男神・・・地球周回軌道の人工衛生(宇宙航行の中継基地)の技術者集団」

「このように皆神山は、神々が活躍した基地であり、宇宙船で現れたり姿を消したりしたので自然人たちは、神聖な山=高天が原として崇め、後世に伝えたものです。 」

いかがでしたか?

「僕の想像をはるかに超える内容なので、あとは皆様のご想像にお任せします」

としか言えないくらいのことが書いてありますので、

あなたの感性で受け取ってくださいね。

皆が神様?「皆神神社」ってどんなところ?

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皆神神社は、熊野出速雄神社(くまのいづはやおじんじゃ)、侍従神社、富士浅間神社、嘉佐八郎社などの総称です。

【御祭神】

・出速雄命(イズハヤオノミコト)
・伊邪那岐命(イザナギノミコト)
・伊邪那美命(イザナミノミコト)
・速玉男命(ハヤタマオノミコト)
・豫母都事解男命(ヨモツコトサカノオノミコト)
 
・脇座に舒明天皇(ジョメイテンノウ)・古人大兄皇子(フルヒトオオエノオオジ)
 

【御由緒】

奈良時代養老二年(七一八)出速雄神社を奉祀と伝えられる。

中世以降修験道が盛んとなり、熊野権現を勧請、大日如来・阿弥陀如来・弥勒菩薩の三仏を各峰に安置し熊野三社大権現と称した。

境内社の侍従神社に鎮まる侍従大神(ジジュウオオカミ)は、佐久の内山城主内山美濃守満久の三男下野守三郎満顕であり、十三歳にして鞍馬山に入り密教を厳修、その後各霊山を巡り、内山氏滅亡のとき皆神山に入山、大日寺和合院宥賢と称した。

後に侍従天狗坊と名乗り、皆神山の修験を完成させた。

弘治二年(一五五六)七月十四日入定、在りし御影を木像に写して侍従坊大天狗明王と祀った。

正親町天皇永禄・元亀の間(約四百四十年前)と伝わる。

北は戸隠、南は皆神山と修験道で長いあいだ栄え、先達和合院は皆神山八合目からうえを領し、聖護院(京都・本山派山伏の本山)より川中島四郡(埴科・更級・水内・高井)の年行事職を命ぜられ、更にはほぼ信濃全域の本山派山伏の支配権を得ていた。

明治初期の神仏分離令・廃藩置県により山伏は全部が還俗、一切を上知し和合院も廃するにいたり、出速雄命と熊野の神を熊野出速雄神社、侍従坊は侍従大神と奉斎した。

(引用:皆神神社HPより)

この御由緒書きにある「出速雄命(イヅハヤオノミコト)」は、

諏訪大社の御祭神の建御名方神(タケミナカタノカミ)の御子神(子ども)です。
 

ちなみに、諏訪の地でもともと祀られていたモレヤ神の娘神である多満留姫(タマルヒメ)を娶って、

多くの御子神をもうけています。
 

建御名方神(タケミナカタノカミ)にモレヤ神、、、

前日に諏訪大社を訪れていたこともあって、なんかつながりを感じますね。
 

また、明治の神仏分離令・廃藩置県で山伏が還俗してしまいましたが、

1389年に再建されたという御社殿には古い修験道の建築の要素が残っています。

それだけではないんです。。。

この皆神神社、それ以外にも、天地カゴメ之宮、大本教、出口王仁三郎などに関する石碑なども目にします。

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もともとこの神社は、建御名方神(タケミナカタノカミ)の御子神「出速雄命(イヅハヤオノミコト)」を祀っていました。

そして、修験道が加わり、その後、他の宗教の開祖の方々も関心を寄せたようです。

それも全て、この土地のエネルギーの高さや磁場がそうさせたのでしょう。

奥には「富士浅間神社」もありますからね。

こうして改めて書いてみると、本当にいろいろな要素があるんだなあと思いますが、、、

その場にいるときは、ただここにいるのが心地よくて、それを樂しんでいました。

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もちろん、きちんと参拝もしましたし、

神職の資格をお持ちの吉野由美さんが祝詞を奏上してくださいました。
 

由美さんは、どこかの神社の神主さんというわけではありませんが、

真摯に神様と向き合われるその姿勢は本当の意味での神主さんだと僕は思います。

今回の長野ツアーでも、神様からメッセージをいろいろ受け取っていたみたいです。
 

いろいろな人がいろいろなメッセージを発信していますが、

由美さんの発する言葉には、しっかりとした軸があります。
 

そして言葉だけではなく、しっかりとした行動が伴っています。

全国の一之宮を三周も巡ったとのことですが、これもなかなかできることではありません。
 

そんな由美さんがご案内してくださる神社です。

諏訪大社、玉依比売命神社、そしてこの皆神神社、どこも本当に素晴らしかったです。
 

今回は全くと言っていいほど、予備知識なくこれらの神社を訪れました。

もちろん要所要所で由美さんがご説明してくれるので必要な知識は得られます。
 

でもそれ以上に、ただ、その場所にいるだけで何か大切なメッセージを受け取っているような氣がするのです。

「必要なことを、必要な人へと届けてくれる」

吉野由美さんは、神様と人とのご縁をつなぐ本当の意味での神主さんだと私は思いました。
 

この皆神神社もさまざまな要素がありますので、細かく語ればきりがないくらいです。

それらの細部のことは必要な時に、また取り出してくればいいかなと思っています。
 
 

周囲には雪が残っていましたが、お日様の心地よい光に照らされながら、

その場の心地よいエネルギーにただ身を任せてそれを樂しんできました。
 

由美さんが奏上してくださった荘厳な祝詞は、言霊、音霊となり皆神神社に、そして皆神山へと響き渡っていきます。

それは、私たちの中にいる神様にも響き渡って、心が洗われるようでした。
 

皆が神様、皆神神社。

この御霊に宿りし想い、この御霊に宿りし力を、この現世(うつしよ)がより輝くために活かしていく。
 

そんなことを改めて想いながら、この地を後にしました。

お導きくださった皆神神社の神様、ご縁をつないでくださった吉野由美さん、

ご一緒に参拝した皆さま、本当にありがとうございました。

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ちょっと、他の神社にはない要素がたくさん詰まっている皆神神社。

かなりぶっ飛んでいることも(?)参拝者駐車場にある看板には書かれてあったりしますが(笑)、

ピンときた方は一度訪れてみてはいかがでしょうか?

編集後記

よっぽど気にいったのか、僕は次の年初もここ皆神神社を訪れました(笑)
 

これには理由があって、

「皆神神社に来る途中にある神社にどうしても行ってみたかった」

というのもあります。
 

今回も、帰りにこの神社の脇を通り過ぎたのですが、

時間の都合もあり(というか、それほど意識していなかったということもありますが)、

スルーしてしまいました。
 

でも、このスルーした神社が、かなり興味深いところだと言うことを後から聞いて、

どうしても行ってみたくなったのです。
 

というわけで、その様子は次の年(2019年)のこちらの記事にて書きました。

平成31年1月長野ツアー~其之三(皆神山編)