今まで解釈していた古事記って一体。。。

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『今日までなんて雑に古事記を解釈してきたのだろう?』

心底そう思った。
 

いきなりそんなことを書いたのには理由があります。
 

昨日、神伝人(つたえびと)祥平が語る『古事記~かみさまものがたり』のイベントがあったからです。

テーマは「天の岩戸開き」。
 

日本の神話の中でも象徴的で有名なお話ですが、、、
 

この「天の岩戸開き」がこんなに愛があふれるお話だったとは。。。
 

「文章の行間を読む」

という言葉は聞いたことあります。
 

でも、それ以上でした。
 

「文章の行間に込められている物語をイマジネーションする」

「古事記」を頭で理解するのではなく、自身の内面に問いかけるように、神様に問いかけるように感じ取っていく。

ここで語られた「古事記」にはそんな言葉が相応しいです。
 

祥平さんが感じ取った古事記「天の岩戸開き」とは一体どんなものだったのでしょうか?

そもそも「天の岩戸開き」とは?

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「天の岩戸開き」は日本の神話の中でも有名なのでご存知の方も多いと思います。

でも、知らない人のために簡単にご説明しますね。
 

素戔嗚尊(スサノオノミコト)の乱暴狼藉に耐えかねて、天照大神が天の岩戸に閉じこもってしまいます。

太陽神である天照大神が天の岩戸に隠れてしまったので、世界は闇に包まれてしまうのです。

困った神様たちは、なんとか天照大神を天の岩戸から出そうと話し合いますが、、、
 

結果としてどうなったのか?
 

天照大神を天の岩戸から出すことに成功しました。

そして世界に再び光が戻ったというわけです。

めでたし、めでたし、、、。
 

もちろん、天照大神を岩戸から出すことができて良かったのですが、私がこのお話で素晴らしいと思うことは他にもあります。
 

それは、困り果てた他の神々たちがそれぞれの得意なことを活かしながら、協力して天照大神を岩戸から出すことに成功したことです。
 

玉祖命(タマノオヤノミコト)は八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を作り、

伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)は八咫鏡(やたのかがみ)を作り、

天児屋命(アメノコヤネノミコト)は祝詞を挙げ、

天宇受賣命(アメノウズメノミコト)が踊り、

天手力男神(アメノタジカラオ)は岩戸を引き開けて、天照大神を引き出しました。
 

「神話って単なる作り話で、現代を生きる自分には関係ない」

とかつては思っていた私ですが、今は違います。
 

現代にこのお話を投影すると、同じような出来事があることに氣づいたからです。

例えばですが、引きこもりの子をなんとか外に出そうと、家族や友人たちが協力するみたいなこともそうかもしれません。
 

そもそも、このお話の解釈だって、もっと違ったものがあってもおかしくないと思いませんか?
 

「このお話、天照大神が恐れをなして岩戸に閉じこもったような印象もありますが、実際はどうだったの?」

なんてツッコミを入れるような自分もいるからです。
 

本当にその時の状況がどうだったのかは分かりませんし、書物と言うのは起こった出来事のある側面を切り取ったものに過ぎないからです。
 

と、ここまでが昨日のイベントを受ける前の私の古事記に対する見解でした。。。

「天の岩戸開き」の解釈って本当にこれでいいの?

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アマテラスさんが岩戸から出てきて世界に光が戻って、よかった、よかった。。。

このお話は単純に捉えるとそうなりますよね?
 

でも、祥平さんは、このお話を読んだときに疑問に思っていたそうです。
 

このお話は外側の視点でばかり語られています。

つまり、内側にいるアマテラスさんの心情がどうだったかなんて全然触れていないのです。
 

一般的な解釈では、最終的には、タジカラオ(手力男)さんに無理やり引っ張り出されたことになっています。
 

アマテラスさんはどんな氣持ちで岩戸の中にいたのだろう?」

「それを無理やり岩戸から出されてどんな氣持ちだったのだろう?」
 

現代で言えば、引きこもりの子を学校へ行きなさいと、ドアを壊して無理やり引きずりだすようなものです。

アマテラスさんが太陽神ならば、無理やり外に出されて、嫌々、太陽として世界を照らしていることになります。
 

『12歳、13歳までにその国の神話を学ばなくなったら、その民族は例外なく100年以内に滅びている。』

(イギリスの歴史学者 アーノルド・J・トインビー)の言葉です。
 

この「天の岩戸開き」は日本の神話の中でも象徴的なものとして語られているけれど、このような解釈で果たして自分の国に誇りを持てるのだろうか?

この「天の岩戸開き」を日本の神話の象徴的な物語として世界に向けて発信できるのだろうか?

そう祥平さんは思ったそうです。

優秀な生徒会長VS問題児

自分が感じることにただ愚直だったスサノオさんは、それをどう表現していいのか分からずに周囲を困らせるような行動ばかりとります。

現代で言えば、不良が有り余るエネルギーや鬱憤をどう表現していいのか分からずに問題を起こすのと同じです。
 

一方で、アマテラスさんは優秀な生徒会長みたいな存在で、周囲から信頼されています。

そんなアマテラスさんにとって、スサノオさんは頭の痛い存在だったでしょう。
 

スサノオさんは、自分の真意を分かってもらおうとアマテラスさんに会いに行きます。

しかし、アマテラスさんは自分の国を奪いにきたのではと武装して待ち構えるのです。
 

「そんなつもりは全然ない」

とスサノオさんは言いますが信じてもらえません。
 

それを証明するために、うけひをするのですが、、、
 

まず、アマテラスさんが、スサノオさんの「十拳の剣(とつかのつるぎ)」を受け取ります。

それを三つに折って、天真名井(あめのまない)の水ですすぎ、噛み砕き、吐き出した息の霧から三柱の女神が生まれました。
 

そして、スサノオさんは、アマテラスさんから「八尺勾玉(やさかのまがたま)の五百津(いほつ)のみすまるの珠」を受け取り、同様に吐き出した息の霧から五柱の男神が生まれました。
 

男を生み出したスサノオさんは、「自分が男神を生んだので自分が勝ったと思いました」

なぜなら最初に生まれた神の名に、

「正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(マサカアカツカチハヤビアメノオシホミミノミコト)」

と「勝」と言う文字が3つも入っているからです。
 

しかし、アマテラスさんはこう言います。

「この五柱の男神たちは、私の物から生まれたから、私の子です」
 

「あと出しジャンケンみたいですよね」

と祥平さんが言います。
 

お話を聞いてはじめて氣づきましたが、確かにその通りだなあと思いました。

丁寧に解釈しようとすれば氣づくところも、素通りしていたというわけですね。
 

でも、周囲から生徒会長みたいに信頼があついアマテラスさんの言い分が通ってしまいます。
 

スサノオさんはやり切れません。

「世の中おかしくない?」
 

その鬱積したものをどう表現していいのか分からずに畑を荒らしたり、糞尿をまき散らしたりするのです。

そして、その行動が行き過ぎて、、、
 

機織り小屋の屋根をぶち破って、馬を放り込みます。

機織りをしていた女性がそれに驚き、機織り器の部品に自分の女性器を突いて死んでしまうのです。
 

アマテラスさんは自分がスサノオさんにとってきた言動に後ろめたさを感じていたのでしょう。

自分自身を責めて、天の岩戸に隠れてしまうのです。

さあ、どうしよう?困った神様たちの奮闘

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困った神様たちは岩戸の前に集まります。

でも、八百万の神といってもみんなが主体的な行動を起こしたわけではありません。
 

その中で何とかしようと行動を起こしたのが、思金神(オモイカネノカミ)玉祖命(タマノオヤノミコト)伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)天児屋命(アメノコヤネノミコト)天宇受賣命(アメノウズメノミコト)天手力男神(アメノタジカラオ)です。
 

思金神(オモイカネノカミ)が思案して、作戦を考えます。

玉祖命(タマノオヤノミコト)は八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を作り、

伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)は八咫鏡(やたのかがみ)を作り、

天児屋命(アメノコヤネノミコト)は祝詞を挙げ、

天宇受賣命(アメノウズメノミコト)が踊り、

天手力男神(アメノタジカラオ)は岩戸を引き開けて、天照大神を引き出しました。
 

アメノウズメさんが裸踊りをするというのはこのお話の中でも印象深いものですよね。

でも、実際はどうだったのか?
 

祥平さんは語ります。

アメノウズメノミコトは渦を生み出します。

閉塞した状況をなんとか打破しようと一心不乱に踊ったんです。
 

そして、踊っているうちに衣服がはだけて、脱げてしまったのです。

そのまま踊り続けていたのですが、ハッと我に返ります。
 

今まで一心不乱に神がかったように踊っていた姿と、ハッと我に返り、女としての恥じらいの表情を見せた姿。

そのギャップを見て神々たちは大笑いしました。
 

「いまさら氣付いたの?」

という感じでしょうか。
 

女性と言うのは、先が見えなくても感性で動けるけれど、男性はビジョンがないと動けないのだそうです。

アメノウズメが感性のままに一心不乱に行動したことが閉塞した事態を打開したのですね。
 

ちなみに「樂しい」の「樂」の語源はアメノウズメにあるそうです。

アメノウズメが一心不乱に楽しそうに手を伸ばしたりしながら踊っている姿からきているのだとか。

本当の男らしさって何だろう?

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祥平さんが語った「天の岩戸開き」でもう1人印象深い神様がいます。

それが、タジカラオ(手力男)さんです。
 

タジカラオさんは、手力男という漢字が当てはめられているように、力持ちの神様だと思われています。

一般的な解釈のように本当にタジカラオさんはアマテラスさんを力ずくで引きずりだしたのか?
 

でも、そんなイメージとは真逆な解釈が展開されるのです。
 

祥平さんは語ります。

掌(てのひら)は「たなごころ」とも読みます。

「たなごころ」とは手を添える、心を添える、手に心がこもっているという意味があります。
 

タジカラオさんは岩戸にそっと手を添えていたのです。
 

アマテラスさんは暗闇の中で自分自身と向かい合っていました。

そして、周囲が評価する自分ではなくて、本来の自分の素晴らしさに氣づいたとき、アマテラスさんは岩戸から顔を出します。
 

その時にアメノコヤネさんとフトタマノミコトさんが差し出した鏡を見た自分の顔は今までの自分の顔と違っていました。

周囲の評価ではない、本来の自分の輝きに氣づいたからです。
 

表情が変わらないわけはありません。

しかし、今さら外に出て行きづらくてためらっていました。
 

そこに寄り添ったのがタジカラオさんだったのです。

そっと、アマテラスさんの手を取って、外に連れ出してあげたのです。
 

自分本来の素晴らしさに氣づいたアマテラスさんの輝きは眩しいくらいだったでしょう。

閉塞感を感じている世界をあまねく照らすように。。。
 

この岩戸開きのお話は誰の人生にも起こることだと思います。

大小の差はあるでしょうが、人生を歩む中で挫折して自身と向かい合う時期というのはあるからです。

「古事記」の解釈を変えれば、現実世界も変わる?

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ここで書いてきた古事記の解釈は祥平さんが、自分自身や神様と向かい合いながら感じ取ってきたことです。

それが正しいとか、間違っているというのはナンセンスだと思います。
 

大切なのは文字の集まりである文章を解読することではなくて、その物語に込められたメッセージを個人個人が感じ取ることにあるからです。
 

過去に起こったことは変えられないと言われます。

しかし、いまここで過去の解釈を変えれば、現在が変わり、先に続く未来も変わってきます。
 

祥平さんは言います。

「神話と現実の世界はリンクしているので、神話の解釈を変えることで現実の世界も変わっていくと思っています」
 

祥平さんが語った「天の岩戸開き」はアマテラスさんが周囲の温かい協力を得ながら、挫折から立ち上がったという物語です。

自分自身と徹底的に向かい合い、葛藤して、自らの輝きに氣づいたという物語です。
 

ここで展開される物語には愛があります。

未来への希望があります。
 

これこそが日本として、日本人として誇れる神話ではないでしょうか。
 

この物語を聞いたお子さんが、

「僕はタジカラオになる」

と言ったことがあるそうです。
 

神話が現実の世界とリンクするというのはこういうことなのだと思います。
 

神話で有名な天孫降臨のお話があります。

この天孫降臨の主力メンバーはアマテラスさんを岩戸から出そうと主体的に行動した神様たちです。
 

そして、この天孫降臨は、魂が肉体に宿ること。

すなわち誰もがそうであるようにこの世に生まれてくるということです。
 

私たちはみな内なる神様を宿しています。

そして、神話で登場した神様たちの御霊も受け継いでいます。
 

神社に行くのは、お願いをしにいくというより、その神社に祀られている神様を自身の中で思いだすことだと祥平さんは言います。

思い出すことで、自身の御霊の中にあるその神様の力を活かすことができるのです。

最後に、、、

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この「古事記~かみさまものがたり」では、祥平さんが古事記や神様と向かい合って体感したことを語って頂きました。

でも、これは個々の人も実践できることなので、自分なりの解釈を深めていきたいですね。
 

古事記を母音を伸ばしながらゆっくり音読することで、感じ取れることが多くなります。

疑問があったら、その都度、自分や神様に問いかけてみればいいのです。

その神様が祀られている神社に行くのもいいですよね。
 

神様と向かい合い、対話しながら、現実の自分の役割を果たしていく。

神様と人がともに創っていく世界。
 

今回は「天の岩戸開き」のお話を聞かせて頂きましたが、古事記にはまだまだたくさんのお話があります。
 

この「古事記~かみさまものがたり」はぜひお子さんにも聞いてほしいです。

これからの未来を担う希望の光でもあるあなたのお子さまたちに。
 

神伝人(つたえびと)祥平さんはこれからも、まだまだたくさんのことを私たちに伝え続けてくれることでしょう。

ひとりでも多くの人が自身の内なる神様の輝きに氣づき、自分らしく生きていけるように伝え続けてくれるでしょう。
 

アマテラスさんが自らの素晴らしさを思い出し、この現世にその輝きをあまねく照らしたように、、、。
 

神伝人(つたえびと)祥平さんは「古事記~かみさまものがたり」だけではなくて、様々な活動を展開されています。
 
祥平さんにご興味がある方、お会いしたい方はこちらのページをどうぞ。

神伝人(つたえびと)