知ってるようで知らない(?)東京の名前の由来

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東京の名前の由来ってご存知ですか?
 

「そんなの常識だよ」

と言う方もいるでしょうし、
 

「えっ!?何だろう?」

と思った方もいるかもしれません。
 

ご存知なかった方も、答えを聞けば、

「あー、なるほどね!」

とすぐ納得するくらい分かりやすいです。
 
 

「東京は東の京都」

かつて京の都(みやこ)と呼ばれていたように、

日本の中心は京都にありました(もちろん、それ以前には、いろいろな場所にありましたよ)。
 
 

明治維新の際、武家政権の世が終わり、

天皇中心の政治体制(天皇親政)へ移行(正確には元に戻る)する際に行われたのが東京遷都。
 

京都から東京へ都(首都)を移行すると言うことですね。
 

でも、これ言葉で書くのは簡単なんですが、やはりかなりの反発がありました。

それはそうですよね〜

京の都は1000年くらい続いたわけです。
 

「都と言えば、京都」

というくらい当たり前(常識)だったことを変えるのですから。
 

当時の京都の人たちの不安や憤りはいかほどだったかと想像するのは難しくないです。

「なぜ、あんな東へ下らなければならないんだ!」

くらいに思っていたかもしれません。
 
 

そんな京都の人たちの不安を察してか、

明治天皇は「還幸」と称して一旦、京都へ帰っています。
 

逆に東京の人たちにも不安を与えないように、「江戸城本丸跡に宮殿の造営」を発表しています。

当時の不安定な様子、京都や東京の人たちの心情がよく分かるお話ですよね。
 

そして、翌年には「大嘗祭(だいじょうさい)」を行うとして再び東京へ。

これまた京都の人を安心させるために「行幸」と称して。
 

で、そのまま、「遷都の詔勅(しょうちょく)」が発せられないまま京都から東京へ移ってしまうのです。

そのままなし崩し的というと、あまりよくない表現ですが、日本人らしいと言えば、日本人らしいお話ですよね。
 

だから、京都の人たちにしてみれば、

「天皇はんは、行幸へお出かけにならはったまま帰ってきーへんわ」

という感覚なのかもしれません。

(京都の方、言い回し会ってます?笑)
 

まあ、同じ京都の人でも、当時と今では感覚は違うでしょうけれど。

急遽訪れることになった「京都御所」

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あまり時間がなく、ほんの20分くらいの滞在でした。
 

でも、1000年もの間、この場で歴代の天皇が住まわれ、

日本の歴史を担う重要なことが決められてきたわけです(北朝光厳天皇から明治天皇まで)。
 

そこで繰り広げられたことに、自然と意識が向かいます。

時空を超え、より深いところへ。
 
 

夜に京都を発ち、朝に着いたのが東京駅。

なぜか足が自然と皇居の方へ向かいました。
 

この投稿も皇居に近いところにあるベンチで書いています。
 

平成の年号もあとわずかで変わります。

一つの時代が終わり、新たな時代へ。
 
 

幾度となく繰り返してきた流れではありますが、

大きな時代の変化を迎えている今、
 

天皇が代わる、

年号が代わるという形式的なことでも、

単純なことでもないのだろうなあと改めて強く感じています。
 
 

京都御所は、京都駅から以外と近いです。

電車やバスを使えばすぐ行けますので、
 

興味があって、まだ行かれてない方、

または神社やお寺は行ったことがあるけれど御所はまだ行ってないという方は、

ぜひ一度お立ち寄りくださいね。
 

僕も次に行くときは、もっとゆっくりと見て回りたいと思っています。

今回は、駆け足的な記事ですが、次回はもっと詳しく書きますね。

京都御所へのアクセスはこちら