日本人の原点を感じる伊勢神宮

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「伊勢神宮は特別な場所」

神社を参拝するのが大好きな人も、なんとなく神社へ行っている人も、そう感じる人は多いのではないでしょうか。
 

たとえ伊勢神宮のことがよく分からなくても、

あの御神域に身を置き、神様のご神氣(エネルギー)に触れるだけで、何か大切なことを感覚として思い出すみたいに。
 

なにごとの
おわしますかは
知らねども
かたじけなさに
涙こぼるる

平安時代末期から鎌倉時代初期に生きた歌人の西行が、伊勢神宮を訪れたときに詠んだ歌です。

西行の感動する様子がよ~く伝わってきますよね。
 

魂の深いところで何かが反応しているような感覚。

自我という思考ではなく、真我という本質の感覚が蘇ってくるみたいな。
 

伊勢神宮へ行って、そんな感覚を覚えたことはありませんか?

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私が最初に伊勢神宮を訪れたのは15年前くらいです。

よく分からないまま参拝したのを今でも覚えています。
 

言葉では上手く説明できないのですが、

「ここは他の神社とは違う何かがある」

ということを体感したのは確かです。
 

その感覚は、二度、三度と伊勢神宮を訪れるたびに深まってきました。

きっと年齢や経験とともに、神社や神様のこと、日本の知識が体感として自分の中に浸透(神道)してきたからなのでしょう。
 

「神道(しんとう)」=「浸透(しんとう)」

日本の同音異義語には深い意味があるそうですが、神道(しんとう)は魂に浸透(しんとう)するような氣づきを与えてくれるものなのかもしれませんね。
 

神道は日本人の古来からの感覚を体系化したもの。

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頭(知識)による理解ではなく、やはり体感として腑に落とすことが大切なんですよね。

知識はあくまでその感覚をサポートする添木のようなもの。
 

感覚って、やはり言葉では表現しきれないです。

お互い共通認識をしやすくするために発達してきた言葉は、いつの間にか凄い(ある意味、絶対的な)力を持つようになり、それが元で争いも起こったり。

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あくまで「ひとつの指標(目印)」なんですよね、言葉は。
 

「言葉の奥にある感覚(真理)を感じ取っていく」

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古来より日本人は、その感覚や感性が非常に豊かな民族だったのだと思います。
 

でも現代の私たちは、それをすっかり忘れてしまっていて。

一生懸命思い出しているのが、現在の時代というわけですね(笑)
 

神社は古来の日本人が感じていた感覚(真理)を思い出す場所。

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最初のキッカケは願いを叶えるためだったかもしれません。
 

でも、段々と大切なことを思い出してくる。

だから日本人は神社へ行く。

訪れる度に、新たな氣づきがあり、自身の内なる方へ、奥深いところへと繋がっていくように。
 

伊勢神宮を参拝することは、その感覚を思い出したり、深めたりする機会を与えてくれるものではないかと思っています。
 

その言葉を証明するかのように、四度目の参拝となる今回は、かなり有意義で濃密過ぎる旅となりました。

外宮、猿田彦神社、内宮への参拝だけでなく、月読宮、倭姫宮、月夜見宮、二見興玉神社、伊雑宮、天の岩戸、風の穴、、、
 

とにかく今までの中でいちばん伊勢に関わる場所を訪れ、じっくりと味わい、感じ取ってきた旅となったからです。
 

訪れる度に、深みを増す伊勢の旅。

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きっと人生の経験を積み、成長することで、感じ取る深さの度合いも変わってくるのでしょう。
 

実は、この旅の最後、天岩戸へ行く途中で思いがけない話を聞きました。

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地元の人ならではのお話だと思いますが、妙に氣になりました。

思いがけない出会いや、話を聞けるのも旅の醍醐味ですよね。
 

大好きな伊勢。

最高に樂しくて有意義だった伊勢の旅。
 

こうして記事として言葉にするのも初めてです。
 

一体、私は伊勢の地でどのようなことに氣づき、どのようなことを感じ取ってきたのでしょうか。

「古事記」や「日本書紀」、そして、「ホツマツタヱ」にも触れながら、書いてみたいと思います。

「ただいま!」

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「この地に戻ってこれた」

午前7時、夜行バスが伊勢市駅に到着すると、嬉しさと、懐かしさといろいろな想いが込み上げてきました。
 

懐かしいと言っても1年くらいなんですけどね(笑)

でも、よく分からないけれど、この地には不思議な懐かしさを感じます。
 

夜行バスでの旅は今回が初めて。

寝たのか、寝ていないのか、ウトウトとしたまま朝を迎えることに。。。
 

この日の伊勢は早朝から快晴でした。

眠気眼(ねむけまなこ)に初夏の日差しがまぶしかったですが、爽やかな風が何とも言えず心地よくて。
 

深呼吸して、新鮮な空氣を体内に循環させると、魂が喜んでいるのを感じます。
 

「さっそく外宮へ!」

と言いたいところなのですが、今回はその前に参拝した神社があります。

禰宜(ねぎ)って何?外宮にとても関係が深い世木(せぎ)神社へ

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伊勢市駅前に「世木(せぎ)神社」というお社があるのをご存知ですか?
 

私は全然知らなくて(笑)
 

こういう新たな発見も旅の醍醐味ですよね。
 

やはり、実際にその場へ行くと興味を引き、関心も高まるものです。
 

ここは伊勢神宮にとっても関係が深い神社。

これを知ると、伊勢神宮に対する見方が少し変わるかもしれません。
 

主祭神は天牟羅雲命(あめのむらくものみこと)。

この地の豪族、外宮の禰宜(ねぎ)を務める度会(わたらい)氏の遠祖を祀っている神社であるとされています。
 

禰宜(ねぎ)というのはちょっと聞き慣れない言葉ですよね?
 

「禰宜(ねぎ)」は神職の役職名のひとつです。

語源は「ねぐ(和ませる)」で、「神の心を和ませてその加護を願う」という意味があります。
 

度会氏は代々、外宮の神官をしていたということですね。

それにしても、「神の心を和ませてその加護を願う」というのはなんとも日本らしくて素敵な意味ではないでしょうか。
 

とは言え、その言葉とは裏腹な歴史模様もあったようです(後程、外宮の記事で詳しく書きますね)。
 

ここ世木神社はかつて、天皇の勅使や神宮祭主様が伊勢神宮を参拝されるときに、お祓いの儀式が行われたところで、度会氏祖神の天牟羅雲命、度会春彦などが祀られています。
 

◎御祭神

天牟羅雲命(あめのむらくものみこと)

菅原道真公(すがわらのみちざねこう)

宇迦之御魂大神(うかのみたまのかみ)

大国主命(おおくにぬしのみこと)

度会春彦(わたらいはるひこ)
 

由緒によると、世木神社の「世木」は「水をせき止める堰(せき)」の意味で、宮川の分流豊川をせきとめて水田の用水とする堰(せき)があったことに由来するそうです。

宮川と言えば、外宮内にある別宮の土宮にも深い関係があります。

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やはり繋がっていますね(後程、外宮の記事にて書きます)。
 

神社は時代とともに合祀されることが多いのですが、ここ世木神社も、度会氏神社(天牟羅雲命)、松木社(度会春彦)、菅原社(菅原道真公・宇迦御魂命・大国主命)を合祠して現在に至っています。
 

ところで、菅原道真は学問の神様としてあちらこちらで祀られていますよね?
 

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※京都の北野天満宮

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※九州の大宰府天満宮

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※東京の湯島天満宮
 

少し前の行に、世木神社の御祭神として名前が書いてありましたが、たぶんほとんどの人が特に氣にならなかったのではないでしょうか。
 

実は、一緒に祀られている度会春彦は菅原道真と深く関わった人物だったようです。

それも道真の出生から亡くなるまでというのでかなり深く。
 

ちょっと、そのお話に触れてみましょう。

菅原家は長男、次男が幼くして亡くなっていたので、道真の父である是善は道真の誕生を大変喜んだとのことです。

外宮で安産祈願をお願いしているのですが、そのときの外宮の神官が度会春彦で、彼はその後、数十年に渡って道真の教育係として仕えました。
 

道真が藤原時平の讒言(ざんげん)によって大宰府へ左遷させられた話は有名ですが、春彦はそこへもお供しています。

そして、道真を看取り、遺品を京都へ届ける途中で春彦は亡くなったそうです。
 

大宰府での生活は衣食もままならないものだったとも言われています。

道真はどんな思いで過ごし、春彦の目に彼はどのように映ったのでしょう。
 

その様子を家族へ伝えなければという思いで、春彦は京都へ向かっていたのかも知れません。
 

道真の死後、天変地異が多発したことから祟りと恐れられ、天満天神として信仰の対象になり、やがて学問の神様として全国で信仰されるようになりました。
 

京都の北野天満宮と言えば全国にある約1万2000社の天満宮、天神社の総本社として有名ですが、度会春彦はその北野天満宮の摂社、白大夫社に祀られています。

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※京都の北野天満宮

「道真や春彦はどのようなことを思い、どのようなことを伝えたかったのでしょうか」

伝わる話はごく一部に過ぎないんですよね。
 

歴史上の神様や人物は、後世の人が勝手に作り出している部分が往々にしてありますから。

もし参拝する機会があったら、手を合わせるときに意識を向けてみたいと思いました。
 

伊勢と言えば、「伊勢神宮」というイメージが強いですが、その周辺にもいろいろと神社があります。

「大きい、小さい、有名、知られていない」に関わらず、足を運んでみると、意外な発見があるものです。
 

伊勢神宮とは直接関係ありませんが、菅原道真と度会春彦の話も知ることができましたし、実際に足を運んだからこそ二人の話をどこか身近に感じることができました。
 

神社は必要性や存在意義があって、その場所に建てられています。

ここ、世木神社も、天皇の勅使や神宮祭主様が伊勢神宮を参拝されるときに、お祓いの儀式が行われたところ。
 

伊勢神宮を参拝する前に自身のお祓いの意味を込めて、参拝してみるのもいいかもしれませんね。
 

そうそう、

「なぜ、外宮から内宮の順でお参りするのか」

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これ、よく言われますが理由をご存知ですか?
 

実は、ここに登場した外宮の禰宜(ねぎ)である度会氏も深い関わりがあるようです。
 

また「ホツマツタヱ」を紐解くと、また違った角度からその理由を知ることもできます。
 

次の外宮の記事では、その辺りも含めて書いていきますね。

訪れる旅に深みを増す伊勢の旅ー2(伊勢神宮外宮編)


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