何故か神話には、ほとんど登場しない豊受大神

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(前回記事)訪れる度に深みを増す伊勢の旅-1(プロローグ~世木神社編)
 

伊勢神宮の外宮に祀られているほどの豊受大御神ですが、何故か日本書紀には登場しません。

古事記でも「豊宇気毘売神(トヨウケビメノカミ)」として、ほんの僅か登場するだけ。
 

伊勢神宮は内宮に皇室の祖神(皇祖神)である天照大御神を祀り、全ての神社の上に位置するところです。
 

「その外宮に祀られている豊受大御神がなぜ?」

と思いませんか?
 

でも、「古事記」「日本書紀」に比べると「ホツマツタヱ」にはかなり詳しく載っているんですよね。

「ホツマツタヱ」を紐解くと、なぜ豊受大神が外宮に祀られるほどの存在なのかも分かってきます。
 

外宮の素晴らしい御神氣に触れて、感謝をお伝えする。

これだけでも十分なのですが、いろいろな見方を知ると、体感したことや経験したことがより深まってきます。
 

参拝したことと合わせて、「ホツマツタヱ」にも触れながら、豊受大御神について書いていきますね。

衣食住を始め産業の守り神「豊受大御神」をお祀りする外宮へ

意外な発見があった世木神社へお参りしたところで、外宮(げくう)へ向かいます。
 

外宮は伊勢市駅から徒歩5分くらい。

歩いて外宮を目指します。
 

まだ朝の七時過ぎで、お店は開店前。

そんな光景を横目で通り過ぎながら、これから始まる伊勢の街を感じていました。
 

すでに梅雨入りしていましたが、空は澄み渡るような青空で、ときより吹く風がなんとも心地よくて。

爽やかな風が、照りつける太陽の日差しを和らげてくれていました。
 

と、あっという間に外宮へ到着です。

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1年振りの外宮を目の前にして、妙な懐かしさを感じます。
 

伊勢神宮という呼び名が一般的ですが、正式名は「神宮」。

天照大御神をお祀りする内宮(ないくう)と豊受大御神をお祀りする外宮(げくう)を始め、14所の別宮、43所の摂社、24所の末社、42所の所管社を含む125の宮社の総称です。
 

「125!?」という数字にはちょっとビックリした人もいるかもしれません。

私も初めて知ったときはそう思いましたよ。
 

というか最初の頃は、内宮と外宮に分かれていることすら知らなかったのですから(笑)
 

ちなみに、伊勢の語源ってご存知ですか?
 

「ホツマツタヱ」では伊勢の語源は「イモヲセ」だと伝えています。

「イモ」は妻、「ヲセ」は夫、「イモヲセ」で夫婦の意味です。

最初の「イ」と「セ」を取って「伊勢(イセ)」というわけですね。
 

天照大御神(アマテルカミ)は、この伊勢の地で「イモオセ(夫婦)」の道を説いたと言われています。
 

また、古事記のヤマタノオロチの段で老夫婦に名を尋ねられた素戔嗚尊(スサノオノミコト)が「吾は天照大御神の伊呂勢(弟)なり」と答えた箇所があって、この伊呂勢(弟)が伊勢の語源となったという説もあるようです。

でも、なぜ弟の意味をもつこの「伊呂勢」が伊勢の語源なのかは理由はよく分かりません。
 

また、単純に海に近いことから「イソ」が転じて伊勢になったという説もあるようです。
 

今のところ、私はホツマツタヱが伝える「イモヲセ」がしっくりくるのですが、諸説あるということで先に進みますね。

何故、伊勢神宮の参拝は外宮から?外宮先祭(げくうせんさい)をもうちょっと突っ込んでみる

「伊勢神宮は外宮を先に参拝する」

伊勢を少し知っている方なら聞いたことがあると思います。
 

でも、なぜそうなっているのでしょう?
 

伊勢神宮の公式サイトにはこのような説明があります。

神宮のお祭りは、「外宮先祭(げくうせんさい)」といって、まず外宮から行われます。外宮の豊受大御神さまは天照大御神さまのお食事を司る神さまですので、内宮に先だって神饌と呼ばれる神さまのお食事をお供えします。 お祭りの順序にならい、お伊勢参りは外宮から内宮の順にお参りするのがならわしです。

引用:伊勢神宮 公式サイト

外宮の豊受大御神(とようけのおおみかみ)は内宮の天照大御神のお食事を司る神様で、先にお食事をお供えするからというわけですね。

「う~ん、分かったような、分からないような」

私はそう感じましたが、いかがでしょうか?
 

ちなみに、20年に一度、御社を新しくすると言う式年遷宮は内宮から始めるんですよね。
 

ちょっと違う角度から見てみましょう。

前の記事、世木神社のところで登場した度会(わたらい)氏を覚えていますか?
 

外宮の禰宜(ねぎ)を代々努めていた家系で、その度会氏が唱えた伊勢神道というものがあります(別名、度会神道、外宮神道)。
 

伊勢神道とは、どのようなものなのでしょう?
 

Wikipediaから引用させていただきます。

「難しい!」と思った人は引用後の簡単なまとめを読んでくださいね。

その思想は、外宮の祭神である豊受大神を、天地開闢に先立って出現した天之御中主神や国常立尊と同一視して、内宮の祭神である天照大神をしのぐ普遍的神格(絶対神)とし、内宮に対抗する要素があった。それまで、外宮の豊受大神は、内宮の天照大神に奉仕する御饌津神とされていたが、度会氏は『神道五部書』を根拠に、外宮を内宮と同等、あるいはそれ以上の権威あるものとし、伊勢神宮における外宮の地位の引き上げを目指した。

引用:Wikipedia

ちょっと難しいかもしれませんので、簡単に整理しますね。
 

外宮の地位を引き上げるために、「豊受大御神」を天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)や、国常立尊(くにとこたちのみこと)と同一視したとあります。
 

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)や、国常立尊(くにとこたちのみこと)は「古事記」「日本書紀」「ホツマツタヱ」に登場する神様です。

漢字や呼び名、登場する順番も多少の違いはありますが、どの書物でも物語の冒頭に登場するので、日本においては根源的な存在となっています。 
 

その存在と外宮の豊受大御神を同一にすることで、内宮の天照大御神よりも格上げしようとしたのが伊勢神道を唱えた度会氏だったというわけですね。
 

伊勢神道の経典には神道五部書というものがあって、

その中の『伊勢二所皇太神御鎮座伝記(いせにしょこうたいじんぐうごちんざでんき)』には、天照大御神が「まず止由気太神宮(豊受大神)を祭るべきである」と仰せになったという記述があります。
 

とは言え、神様を他の神様と同一視して格上げしようとしたというのは、人間の作為的な都合で神様を操作しているような印象も受けますね。
 

そして、もう一つ別の角度から。

「ホツマツタヱ」では、

「トヨケカミ(豊受大御神)」は「アマテルカミ(天照大御神)」の祖父で、アマテルカミはトヨケカミから帝王学を学んだこともあり、非常に尊敬していました(※ホツマツタヱでは呼び名が違います)。
 

冒頭でも書きましたが、豊受大御神についての記載は、日本書紀はゼロで、古事記でもほんの僅かしかありません。

これに対して、ホツマツタヱではかなり具体的に詳しく載っています。
 

アマテルカミ(天照大御神)誕生や死に関してのエピソードもありますので簡単にご紹介しますね。
 

「娘のイサナミ(伊邪那美)に世継ぎが欲しいという話を聞いたトヨケカミ(豊受大御神)は世継ぎ誕生を神に祈り、自ら禊をして、八千回の願をかけます。その後、イサナキ(伊邪那岐)、イサナミ(伊邪那美)自身も禊をし、千日祈った後にアマテルカミ(天照大御神)が誕生しました」
 

また、アマテルカミ(天照大御神)は亡くなる際に、トヨケカミ(豊受大御神)が祀られているマナイの山(比沼麻奈為神社の裏山)に自分の祠(ほこら)を掘るようにとサルタヒコ(猿田彦大神)に命じています。
 

これらのお話は一部ですが、トヨケカミ(豊受大御神)がアマテルカミ(天照大御神)の誕生から死まで深く関わっていたことが伺えますね。

尊敬し、お世話になった祖父を祀っている外宮を先に参拝するというのは、理にかなっているかなと思います。
 

もちろん、これらもいくつかある真実のピースの断片です。

これが真実という結論ではなく、一つの見方として知って頂ければいいかなと思います。

さっそく正宮へ!いや、その前に参拝した意外と知られていない神社とは?

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鳥居を潜り、外宮の御神域へと足を踏み入れます。

包み込むような大らかな心地よさを感じながらも、自身の身が引き締まってくるのが分かります。
 

魂、御魂、内なる神様、呼び名はいろいろあるのでしょうが、自分という存在の深いところが、この地の御神氣(エネルギー)に反応しているのでしょう。

思考は止み、感覚は澄み渡り、全身でエネルギーの交流をしているかのようです。
 

「さっそく正宮へ!」

と行きたいところですが、その前に寄った御社があります。
 

意外と知られていないかもしれませんが(私は初めて知りました)、外宮内には外宮の禰宜(ねぎ)をしていた度会氏ゆかりの度会国御神社(わたらいくにみじんじゃ)があるのです。

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ここは外宮の摂社となっていますが、もともと外宮が鎮座する前からあった神社で、御祭神は彦國見賀岐建與束命(ひこくにみがきたけよつかのみこと)

度会氏がもともと祀っていた神様で、度会氏の始祖、天日別命(あめのひわけのみこと)の子とされています。
 

度会氏が外宮の豊受大神の祭祀をするようになった際に、外宮内に一緒に祀られるようになりました。
 

少し歩くと、大津神社という末社もあります。

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御祭神は葦原神(あしはらのかみ)

もとは五十鈴川の河口にある港町の神社や大湊の守護神と言われています。
 

度会氏との関係は分かりませんが、この辺りにもともと祀られていた神様ということですね。
 

私たちはつい書物に載っているような名前が知られている神様ばかりに注目してしまいます。

でも、考えてみれば、神話などの書物に載らない神様の方がたくさんいるんですよね。
 

神社の御祭神として名前がないだけで、その御社に宿っている神様もいるかもしれません。

そのような神様方にもそっと意識を向け、手を合わせるのも大切なことだと感じています。
 

参拝のご縁を頂いたことへの感謝を伝えて、正宮へと向かいました。

豊受大御神が祀られている正宮へ

豊受大御神が祀られているのが正宮です。
 

参拝した方はご存知だと思いますが、正宮(外宮・内宮ともに)にはお賽銭箱がありません。

白い布が敷いてあるだけです。
 

伊勢神宮では、古来より「私幣禁断」といって、天皇陛下以外のお供えが許されませんでした。

「祭儀を主宰するのは天皇陛下」

という考えがあるからです。
 

でも、参拝自体が禁止だったわけではありません。

お賽銭を置いていく人がいるので仕方なく白い布を用意してあるというのが実情のようですね。
 

「伊勢神宮の正宮では個人的なお願い事をしてはいけない」

と言われています。
 

お賽銭箱がある、ないだけに囚われると氣づきませんが、ここでは、それだけ私心なき心で神様に手を合わせることが大切だということを暗に示しているのではないでしょうか。
 

でも、そんな言葉云々よりも、ここのご神氣に触れていると、

「感謝を伝えるだけでいい。それだけで十分」

と自然に思えるようになってくるものです。
 

外宮の御神域に入り、ここ本宮に来るまでに思考は限りなく鎮まり、感覚は澄み渡っています。

ただ静かに手を合わせ、参拝できたことへの感謝をお伝えしました。
 

「いまここに在るだけで有り難い」

魂の奥の方から、じわりじわりと静かに湧き上がる喜びを感じていました。
 

神様が放つ御神氣に自分の内なる神様が反応し、エネルギーという無言の交流をする。

そこに理屈は必要ありません。
 

知識を得ることも大切ですが、神様をただ感じることで、自分の存在としての根源的な喜びを知ることができるのも神社です。

日本人にとって神社は、時空を超えて神様と交流できる場所なのでしょう。

別宮の多賀宮、土宮、風宮へ

本宮を後にして、別宮である多賀宮(たかのみや)土宮(つちのみや)風宮(かぜのみや)を参拝します。
 

多賀宮は、外宮内にある別宮では一番大きいところです。

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御祭神は、豊受大御神荒御魂(とようけのおおかみあらみたま)

豊受大御神の荒御魂(あらみたま)をお祀りしている御社となります。
 

荒御魂とは、

「荒々しく格別に顕著なご神意をあらわされる御魂の働き」

と神宮の公式サイトにはあります。
 

古神道には、一霊四魂(いちれいしこん)という思想があります。

これは、神(人)には荒御魂(あらみたま)、和御魂(にぎみたま)、幸御魂(さきみたま)、奇御魂(くしみたま)という四つの魂があって、それらを直霊(なおひ)という霊が司令塔みたいにコントロールしているというものです。
 

解釈はいろいろとありますが、和御魂(にぎみたま)は調和、幸御魂(さきみたま)は活動、奇御魂(くしみたま)は霊感、幸御魂は幸福を担っていると言われています。
 

土宮の御祭神は、大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)です。

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もともとは、土御祖神(つちみおやかみ)と呼ばれ、山田原(やまだのはら)の鎮守の神でした。
 

なぜ、別宮に祀られるようになったのでしょう?
 

三重県南部に流れる宮川は、昔から氾濫し、大水害を引き起こしてきました。

この宮川下流周辺に伊勢神宮があり、外宮禰宜(ねぎ)は川の氾濫に頭を悩ませていたそうです。
 

その氾濫を治めたのが土御祖神で、それにより外宮禰宜(ねぎ)が朝廷に宮号を申請しました。

ちなみに、この宮川の河原で採取された石は、式年遷宮のお白石持行事に使用されます。
 

風宮(かぜのみや)の御祭神は、級長津彦命(しなつひこのみこと)、またの名を級長戸辺命(しなとべのみこと)

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「古事記」では、イザナギ、イザナミの間に生まれ、「日本書紀」では、イザナミが朝霧を吹き払った息から生まれ、たと言われている風の神です。

「ホツマツタヱ」でも自然八神の風の神「シナトベ」として登場します。
 

農作物の収穫は自然の影響に大きく左右されますからね。

土宮と風宮をお祀りすることで、命の糧である農作物の収穫を守って頂こうと思ったのでしょう。
 

神道はもともと森羅万象に神(エネルギー)が宿るという感覚を大切にするものです。

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神道という言葉にピンとこなくても、日本人の根底にはこの感覚が深くあると思います。
 

私たちが住んでいる地球もまたひとつの生命体であり、エネルギー体そのもの。

地球そのものを神様と呼んでもいいのかもしれません。
 

日本人にとって、神という存在は、自然であったり、人であったり、その境界線は限りなく曖昧です。
 

神道=日本人の古来より持っている感覚
 

神道が他の宗教に比べて、教義が定かではないのもそれを反映しているからだと思います。
 

言葉で定義する世界観、宇宙観ではないんですよね。

「本質は全て同じという感覚」

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それを思い出し、意識や霊性の変化を促してくれるのが神社という場なのでしょうね。
 

そんなことを感じながら、外宮を後にしました。

外宮参拝後は、、、

外宮のご神氣をたっぷり受けて、命の糧をお守りくださっている神様方に手を合わせた後は朝食です。
 

伊勢4回目にして、はじめて、「伊勢せきや」の朝かゆを頂きました。

注文したのは、「御饌(みけ)の朝かゆ」です。

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御饌(みけ)とは神様のお食事のこと。
 

一つひとつ、ゆっくり味わいながら食べます。

そのどれもが本当に美味しくて、細胞の一つひとつに染みわたるかのようです。
 

外宮に参拝して、心身ともに清められたこともあるでしょうが、食べ物を頂くということの有り難さを改めて感じていました。

一見、質素な感じに見えますが、実際はかなり量があり、お腹がいっぱいになります。
 

伊勢には美味しいものがたくさんありますが、

外宮を参拝して、清められた後は、「伊勢せきや」の朝がゆで御饌(神様のお食事)を頂くというのもオススメですよ。
 

全て美味しく頂き、お腹がいっぱいになったところで、猿田彦神社へ向かいました。
 

訪れる旅に深みを増す伊勢の旅ー3(猿田彦神社編)
 

【伊勢せきや HP】