「伊勢と言えば、天照大御神」のさまざまな面を探ってみる!?

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(前回記事)訪れる旅に深みを増す伊勢の旅ー3(猿田彦神社編)
 

猿田彦神社の参拝を終え、徒歩で内宮へ向かいます。
 

内宮と言えば、天照大御神です。

神話を詳しく知らなくても、太陽の女神「アマテラス」というイメージは強く日本人の中にあるのではないでしょうか。
 

実際はもっとたくさんの神様が祀られていて、見どころ満載なのですが、内宮とおかげ横丁だけを満喫して帰られる方もいるそうです。
 

おかげ横丁には美味しいものがたくさんありますしね(笑)

目的は人それぞれです。
 

でも、この天照大御神には諸説あり、いろいろなお話があるのをご存知でしょうか?
 

神道は神様(エネルギー)を感じる世界。

神社はお願いをするところと思っている人もいるかもしれませんが、実際はもっと奥が深いです。
 

自分の内なる神様(エネルギー)を思い出し、真理に氣づく場でもあるからです。

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その神様像(人物象)を追い求めすぎて、答え合わせに終始し過ぎると本質を見失う可能性もあります。
 

とは言え、

「どのような神様(ご先祖様)だったのか」

を知ることによって、神様(ご先祖様)も喜ばれるでしょうし、理解を深めることができるのも確かです。
 

書物が伝えることは、ある断面を切り取ったものに過ぎません。

それは書いた人の記憶だったり、聞き覚えていた話だったり。
 

ひとつの見方が固定化し過ぎると、他の見方が入り込む余地がなくなり、真実から遠のく可能性もあります。

さまざまな見方を知るとことで視野が広がり、個だけではなく、全体としての視点を得ることもできます。
 

見方が増える=味方が増える

同音異義語には深い意味があるそうです。
 

見方、味方が増えることで、個から全体への意識もしやすくなります。
 

これから書くことは、知らない人が読んだら「えっ!?」という内容だと思います。

「それって本当なの?」という言葉が脳裏に浮かぶはずです。
 

本当か、そうでないかというよりも、

ひとつの見方として知っておくと「常識」という固い殻にがんじがらめになっていた思考を広げることができます。
 

どれが正しい、間違いという「○✖」方式の二者選択ではなく、見方を増やし、柔軟な視点を持つことが大切です。
 

内宮を参拝したことに合わせて、さまざまな天照大御神について触れてみたいと思います。

天照大神は男神だった!?

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天照大御神が女神と言われ、日本人のほとんどの人がそう信じているのは、「古事記」「日本書紀」に描かれていることがもとになっています。
 

「古事記」「日本書紀」は日本神話の二大経典みたいなもの。

当然と言えば当然ですよね。
 

で、そこに水を差すわけではないのですが、お伝えしたいことがあります。

見方を増やせると視野、世界観が広がりますからね。
 

「ホツマツタヱ」ではアマテルカミ(天照大御神)は男性です。
 

「男性」と書いたのにも意味があります。

なぜなら、「神様」ではなく「人間」として記されているからです。
 

「ホツマツタヱ」は私たちの祖先の壮大なる物語を五七調で綴った叙事詩。

その物語を紐解いて「アマテルカミ(天照大御神)」を見ていきましょう。
 
 

先ほど、「ホツマツタヱ」ではアマテルカミ(天照大御神)は男性と書きました。

しかも、妃は13人います。
 

初めて聞く方は、

「えっ?」

と思うかもしれません。
 

というか思いますよね(笑)

私もそうでしたから。
 

ホツマツタヱには、

「存在を消された」

「隠された」

と言われる瀬織津姫セオリツヒメ)もアマテルカミ(天照大御神)の正室として登場します。
 

「何で存在を隠されたの?」

という質問の答えとして分かりやすいのは、
 

「アマテルカミ(天照大御神)を女性だということにしたいから」

という回答だと思います。
 

「えっ?どういうことですか?」

と思った人のために、ご説明していきますね。
 

ご存知の方は読み飛ばしてください。
 
 

天武天皇の勅命によって始まったのが「古事記」「日本書紀」という神話の編纂。

それを受け継いだのが天武天皇の后である持統天皇で、「古事記」が献上されたのが元明天皇、「日本書紀」が献上されたのが元正天皇です。
 

編纂の勅命を出した天武天皇は男性ですが、持統天皇、元明天皇、元正天皇は女性なんですよね。

古事記、日本書紀には女性天皇が深く関わっているというわけです。
 

「女性天皇を正当化するために書物を利用して、天照大御神を女性ということにした」

というのは一つの見方としては説得力があるかなと思います。

基本的に、天皇という存在は男性がなるものというのが習わしだからです。
 

でも、なぜ女性天皇が即位するのでしょう?
 

お世継ぎがいない、又は幼い場合、次期天皇を巡って対立が起こるなど。

次の天皇に即位するのに相応しい人や妥当な人がいないというのが理由のようです。
 

とは言え、女性が天皇になることに反対する人がいるのは容易に想像できますよね。

その反対を押しきるために天照大御神を女性にした可能性はあります。
 

もちろん、それが真実かは分からないですよ。

ひとつの見方として捉えて頂ければいいのかなと思います。

ホツマツタヱで描かれているアマテルカミ(天照大御神)とはどんな人?

「天照大御神は男神で、しかもお妃が13人もいた」

というのは多くの日本人が持っている天照大御神のイメージを根底から覆すものですよね。
 

「ホツマツタヱという書物は本当なの?」

そんな疑問をもつのは当然だと思います。
 

書物というのは、書いた人の記憶や聞き覚えていたことを書き記したものです。

書かせた人がいたら当然、その意図も組み込まれています。
 

その真偽を定かにするのは本当に難しいところだと思います。

ただ、私たちが常識だと思っていた天照大御神も古事記や日本書紀という書物がもとになってるのも確かです。
 

せんもない言い方ですが、実際にその時代に行ってみないと本当のことは分かりません。
 

古事記も日本書紀もホツマツタヱもある角度から見たひとつの視点です。

なので、まず一つの見方として捉えればいいのだと私は思っています。
 

一つの見方にガチガチにならず、常識を少しゆるめて視野を広げていきましょう。
 

なぜ、アマテルカミ(天照大御神)に13人も妃がいたのでしょう?
 

これにはちゃんとした理由があります。

アマテルカミは第8代目のアマカミ(天皇)で、ご両親であるイサナキ(伊邪那岐)、イサナミ(伊邪那美)が第7代目です。

実は、6代目オモタル、カシコネのときにお世継ぎに恵まれず、いったん系統が途絶えてしまっています。
 

どのように繋いでいったのでしょう?
 

外宮の御祭神の豊受大御神はホツマツタヱでは、トヨケカミと呼ばれています。

実は、トヨケカミは第5代目タカミムスビです。
 

タカミムスビと言えば、古事記では高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、日本書紀では高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)と呼ばれている神様ですよね。

ホツマツタヱでは、「タカミムスビ」は「ヒタカミを結ぶ」という名の役職名となっています。
 

ヒタカミとは現在の仙台辺りを首都とする国です。

その5代目タカミムスビ・トヨケ(豊受大御神)の娘がイサナミ(伊邪那美)で、ネノクニ(根の国)を治めていたアワナギの長男がイサナギ(伊邪那岐)です。

この二人を結ばせることで第7代目アマカミ(天皇)としました。
 

お世継ぎが途絶えることの重大さを身を持って知ったからなのでしょう。

8代目アマカミ(天皇)アマテルカミには13人のお妃を付けたというわけです。
 

その中のお一人が正室であるセオリツヒメ(瀬織津姫)です。

ホツマツタヱでは「ムカツ姫」とも呼ばれています。
 

留学を終え、ヒタカミから戻ってきたアマテルカミは、新たな宮が用意され、12人の妃も決まり、アマカミ(天皇)の位に就きます。
 

アマテルカミはセオリツ姫の雅なお振舞いに感動して、思わず階段を踏み降りてしまったそうです。

セオリツ姫を「ムカツ姫」と讃え呼び、正室に入れたと記されています。
 

后は最初12人でしたが、セオリツ姫を正室に迎えたことで、新たな后をもう一人迎えて13人となったというわけです。
 

アマテルカミの祖父であるトヨケカミ(豊受大神)が亡くなる間際のこと。

トヨケカミはアマテルカミに帝王学の道奥(みちのく)を語り尽くしていないことを氣にかけていましたが、それを授け、ホコラを閉ざして隠れたと記されています。

アマテルカミは、トヨケカミを祀った後、安国宮(富士山の麓)に帰ろうとしますが、民がとどめようとするので、それを哀れみ、しばらく自ら祭りを摂ることにしました。
 

また、アマテルカミが亡くなるときのこと。

后であるセオリツヒメに「広田へ行き、ワカヒメと共に妻の心を守りなさい。私はトヨケカミ様とマナイの山で夫の心を守ります。夫婦が互いに睦み、慈しみあうことが伊勢の道です」と言ったと記されています。
 

ワカヒメとはアマテルカミのお姉さんです。

和歌が得意な姫として、冒頭の1アヤ(章)に登場します。
 

古事記、日本書紀には登場しません。

ただ、「古事記」では国産みの際の最初の神、「日本書紀」ではアマテラス、ツクヨミ、スサノヲの前に生まれた神として、ヒルコ(水蛭子、蛭子神、蛭子命)という名は登場しますが、どちらも不具の子として流されています。
 

ワカヒメは茨城県桜川市にある「歌姫明神」に祀られています。

また別の記事で改めて書きますね。
 
 

私たちが一般的に知る天照大御神は、天の岩戸や素戔嗚尊との誓約(うけひ)の場面などからしか知ることができませんが、ホツマツタヱを読むと、別の側面からアマテルカミ(天照大御神)の様子を伺うことができますね。
 

いまこのときも、どこかの時空に存在する古代の神様(ご先祖様)の世界。
 

書物は、その一旦を垣間見せてくれる貴重な資料ですが、あくまで一つの視点です。

どの書物が正統ということよりも、さまざまな見方をもつことで、より立体的に全体像が見えると私は思うのです。
 

天照大御神が女神(女性)か男神(男性)かと言うのは物議をかもすところではありますが、

もしかしたら、両方正解だということだって可能性としてはあり得るでしょうから。

「天照大御神が祀られている」内宮を参拝

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外宮を前にしたときもそうでしたが、ここ内宮でも不思議な懐かしさを感じます。
 

五十鈴川に掛かる宇治橋へ。

ここは日常の世界から神聖な世界への境目です。
 

少しずつ神聖な世界へと足を踏み入れて行き、内宮の御神氣に溶け込むように心身を委ねていきます。
 

穏やかな心持ちになり、静寂に包まれると、タマシヰが喜んでいるのを感じます。

内なる神が御神氣に呼応して、無言のエネルギー交流をしているかのようです。
 

天照大御神が祀られている正宮へ向かいます。

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ここは、伊勢神宮の中でも一番好きな場所です。

よく分からないのですが、とても居心地よくて。
 

時間があるときは参拝した後も、しばらくここでボーっと立ち尽くしています。

静かに手を合わせ、また参拝させていただけたことへの感謝を伝えました。
 

この正宮の前に立つと、全てを包み込むようなご神氣にただ身を委ねるような感覚になります。

全てを肯定され、やるべきことをただやればいいと思えるようになるのです。
 

次に参拝したのは荒祭宮(あらまつりのみや)です。

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御祭神は天照大御神の荒御魂。

内宮に所属する別宮の中で一番大きいです。
 

次に参拝したのは別宮の風日祈宮(かざひのみや)です。

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御祭神は、級長津彦命(しなつひこのみこと)、級長戸辺命(しなとべのみこと)。

この神様は外宮の別宮にも祀られていましたね。

農作物に大きな影響を与える風雨を司る神様だからなのでしょう。
 
 

ふり返ってみると、伊勢神宮へ来るタイミングは、計画的というより急遽決まることが多いですね。

きっと神様から呼ばれるタイミングがあるのでしょう。
 

これは伊勢神宮に限らず、遠方の神社は呼ばれるように行くことがほとんどです。

そして、たくさんの発見や氣づきをいただけるのです。
 

実際に足を運び、その場を体感することで知識も深く入ってきます。

知識は必ずしも必要ではありませんが、私自身は知性と感性のバランスは大切にしています。
 

在り方は人それぞれです。

必ずしも言葉で理解する必要はなく、人それぞれの在り方で伊勢神宮を感じて、自分自神の人生に生かしていけばいいのですから。

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最後に五十鈴川へ行き、いつも身につけている勾玉オルゴナイトやトルマリンのブレスレッドを清めさせて頂きました。

最後はやはりおかげ横丁へ

内宮の御神氣をたっぷりと頂いたあとは、おかげ横丁でランチです。
 

外宮の参拝後も初の「伊勢せきや」で「御饌の朝粥」を頂き大満足でしたが、

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ここ内宮の参拝後も初の「てこね寿し」を堪能させていただきました。

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「てこね寿し」は、昔、鰹漁に出た漁師さんが船の上で食べていたものがもとになっていて、醤油漬けにした鰹と酢飯を混ぜ合わせたものです。
 

いやあ、美味しかったですねぇ。

肉厚の新鮮な鰹に沁み込んだ醤油ダレと酢飯が抜群の相性で。

こうして書いているだけで、あのときの食感、味覚が鮮やかに蘇ってくるようです。
 

また食べたいなぁ。

お昼から日本酒を頂き、最高に贅沢なランチとなりました。
 

お腹がいっぱいだったのですが、夏季限定の赤福氷がどうしても食べたくて。

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昼時でかなり気温も上がっていたので、キンキンに冷えた赤福氷が熱を帯びた身体をスーッと下げてくれます。
 

こちらも本当に美味しかったです。

なんという贅沢なランチなのでしょう。
 

旅と言えば、神社などの観光がメインで食べ物にはあまり氣を使わないのですが、今回はなぜか違います(笑)

観光と食べ物の両方を満喫する旅となりました。
 

もちろん食べて終わりじゃないですよ(笑)

少し休憩した後、伊勢神宮の外にある別宮へと向かいました。
 

この日の参拝はまだまだ続きます。
 

訪れる度に深みを増す伊勢の旅ー5(月読宮・月夜見宮編)