原初的な神々の在り方を残す禊の町、二見浦

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「形あるものを創り、その形に命を宿し、磨き上げていく」
 

「形霊(かただま)」という言葉もありますが、古来より日本人には何かを作るということが単なる作業ではなく、命を吹き込むという意味合いがありました。
 

職人技と言われるくらい緻密なものを作り上げ、そこにある精神性の高さはもはや哲学そのもの。

その形霊に宿るエネルギーは本当に素晴らしい!
 

また、人の手によるものではなく、自然が創り上げた形霊もあります。

荒々しくもあり、原初的なエネルギーを放つような。
 

神様を祀る神社も、宮大工と呼ばれる職人さんたちの巧みな技をもって建てられていますが、

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現在、当たり前のようにある御社はもともとなかったものです。
 

山や木、岩そのものを御神体として祀っていましたが、

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仏教の影響を受けて御社を建てるようになったと言われています。

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二見浦のシンボルと言われる「二見興玉神社(ふたみたまおきじんじゃ)」夫婦岩(めおといわ)は磯合に浮かう二つの岩にしめ縄を掛けたという原初的なものです。

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その場に立ち、海風を感じ、波の音を聞き、その光景を眺めていると、うちつける波に無防備にさらされる原初的な姿がなんとも美しい。
 

整備され、作り込まれた御社も素晴らしいのですが、この原初的で、ほぼ人の手が加わっていない自然の造形美も感慨深いものがあります。
 

八百万の神々と呼ばれるくらい日本にはたくさんの神様たちがいらっしゃいますよね。
 

その神様が自然そのものにせよ、実在した人にせよ、この現世で神様と人が自然と同居しているような感覚が日本にはあり、それを当たり前のように受け入れているのが日本人という民族です。

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現世(この世)と幽世(あの世)という区分は人が勝手に作ったもので、本当はないのかもしれません。

古代の人たちは、きっとそのことを分かっていたに違いないと勝手に想像してしまいます。
 

この二見興玉神社の御祭神は猿田彦大神宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)となっていますが、もともとは海中700mに沈む猿田彦大神に縁のある興玉神石(おきたましんせき)を拝するところ。

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猿田彦大神は天孫降臨で道案内をしたという道開きの神様と呼ばれている方でしたね。
 

また夫婦岩は、この興玉神石と日の大神(天照大御神)を拝するための鳥居の役目を果たしているとも言われています。

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夏季には二つの岩の間からご来光を拝むことができ、

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夏至の前後2週間は富士山頂付近からのご来光を拝むことができるそうです。

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かつては伊勢神宮へ参拝する前に、ここ二見が浦で禊(沐浴)をするのが習わしでしたが、現在は二見興玉神社で霊草無垢塩草での祓い清めを受けることが代わりとなっているようです。
 

現代の私たちは神社で参拝する前に、手舎水で口と手を清めるくらいの感覚はありますが、古来の日本人は神様に参拝するということにもっと厳粛な意識をもっていたのですね。

二見玉興神社を参拝

朝食前にもう一度、お風呂に入りました。

天然にがりが入っている「にがり湯」はやはり最高に氣持ちいい~!

とサッパリしたところで、二見興玉神社を参拝です。

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この日も爽やかな晴天でした。

梅雨の時期なのに2日間とも天氣に恵まれ、本当に有り難いですね。

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鳥居をくぐると天の岩屋がありますが、まず二見興玉神社へ。

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手水舎にある「満願蛙」は水をかけると願いが叶うと言われているそうです。
 

これは蛙が猿田彦大神の使いということからきているとのこと。
 

天孫降臨の後に、猿田彦大神は伊勢の阿邪訶(あざか)の海で漁をしていたときに比良夫貝(ひらぶがい)に手を挟まれて溺れてしまい、黄泉の国へ一旦旅立ったが、息を吹き返したという話があります。

「黄泉(よみ)より還る」→「甦る(よみがえる)」となり「蛙(かえる)」が猿田彦大神に関連づけられたのではないかという見方もあるようです。
 

この猿田彦大神が溺れた話は古事記にもホツマツタヱにも載っています。

古事記では溺れた後の経緯が少し曖昧なので、猿田彦はいったん死んだとみなす人もいるようですが、ホツマツタヱではウスメ(アメノウズメノミコト)がニニキネ(ニニギノミコト)に助けるように命じられた様子が記されています。
 

どちらにしても、猿田彦大神が海で溺れたということは共通してますね。

瀕死の状態から甦ったと解釈もできます。
 

もしかしたら、夫婦岩の下に沈んでいる興玉神石は、この猿田彦大神が海で溺れたことと関連があるのかもしれません。

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まず、二見興玉神社の拝殿に参拝しました。

早朝の澄んだ空氣の中、静かに手を合わせます。
 

もう「ありがとうございます」とか「感謝」しか出てきません。

しみじみとその感覚を味わいながら、奥へ進みます。

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遥拝所から夫婦岩に手を合わせます。
 

昨日より波はいくらか穏やかですが、磯合の夫婦岩がうちつける波にさらされている様子がなんともいい感じです。
 

目を閉じると、波音が心地よいリズムで伝わってくるのを感じます。

海風が頬をなで、打ち寄せる波音が耳から脳の奥深くまで静かに響いてきます。
 

「ここに導いてくださってありがとうございます」という氣持ちが込み上げてきて、胸がじんわりと熱くなってきました。
 

私たちはもともと一つで、「一なるもの」と言われます。

ワンネスという言葉もありますね。
 

きっと、その状態というのは愛と調和、そして「ありがとう」という感謝しかない世界なのだと思います。

「有り難いなあ」としみじみ感謝の氣持ちが込み上げてくるときは、もともと一つだったときの状態にあるか、思い出しているのかもしれませんね。

龍神大神、大綿津見神(おおわたつみのかみ)を祀る龍宮社を参拝

奥へ進むと、龍宮社があります。

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御祭神は龍神大神、大綿津見神(おおわたつみのかみ)です。
 

大綿津見神は、伊邪那岐命と伊邪那美命の間に生まれたと古事記の神産みの段に載っています。

「綿津見(わたつみ)」という漢字からは分かりづらいですが、「ワタツミ」は「海の神霊」という意味があります(「ワタ」は海の古語、「ツ」は「の」、「ミ」は神霊の意)。

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二見浦というと夫婦岩くらいしか知らなくて、奥にこのような御社があったとは!?という感じでした。
 

手を合わせると、それを待っていたかのように目の前にスーッと女性が現れ、祝詞の奏上が始まります。
 

祝詞を奏上しているので巫女さんではなく神主さんなのでしょう。

伸びやかで、力のこもった言霊、音霊が響き渡ります。
 

その響きを感じながら、祝詞を奏上されている間、ずっと手を合わせていました。
 

それにしてもなんというピッタリなタイミングなのでしょう!?

神様に歓迎されているみたいで嬉しくなりました。
 
 

朝から本当にいい天氣で、波も昨日よりは穏やかなこともあり、浜辺に降りていきました。
 

ズボンをまくり上げ、足だけ海につけてみます。

打ち寄せる波を素足で感じているのが、思いのほか氣持ち良くて。
 

都会でいつの間にか縮こまり、鬱積していたものが解放されていくような感覚でした。
 
 

朝食の時間もあるので、岩戸館へ戻ります。

先ほど、通り過ぎた天の岩屋を参拝です。

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天の岩屋と言えば、天照大御神が須佐之男命の乱暴狼藉に嫌気がさして隠れたと伝わるところ。

日本各地にありますが、ここもその一つです。
 

御祭神は宇迦御魂命(ウカノミタマノミコト)となっていますが、豊受大神とも言われているみたいですね。

てっきり、天の岩戸だから天照大御神が祀られているのかと思っていましたが意外でした。
 

向かって右手には、天の岩戸の神話を模して、天宇受賣命(アメノウズメノミコト)が神楽を舞う象があります。

実はこの後、志摩市磯部町にある「天の岩戸」へ行くのですが、そこがまた山の中にあって、本当にここがその場所だったのではないか!?という感じだったのです(天の岩戸は別記事で書きますね)。
 

手を合わせ、感謝を伝えて、岩戸館へ戻りました。

「岩戸館」の朝食もこだわりづくしの品々でした

参拝して心身ともに浄められたところで、朝食「みそぎ御膳」を頂きます。

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『六種類の箱膳』は、きんぴら牛蒡、焼き魚、岩戸の塩添え、あおさうどん、自家製おから、半熟卵です。

あおさうどんは三重県特産物のあおさを使っています。

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『地野菜の陶板蒸し』は、うど、春キャベツ、小かぶなどの無農薬野菜の他に、しめじ、二見産ワカメ、アサリを二見の地味噌とハーブの付けだれで頂きます。

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『豆乳花』は岩戸館のオリジナルメニューです。

岩戸の塩からとれる天然にがりを使ったおぼろ豆腐に、ごま昆布、あられ、せり、青菜漬け、ちりめんじゃこ、納豆の6種類の役御を少しずつのせて頂きます。

伊勢神宮のご神田で生まれたお米「イセヒカリ」を使った古代米のご飯もあります。
 

出来る限り現地のものを無添加・無農薬で、しかも岩戸の塩を使い、真心こめて丹念に作られたお料理はどれも本当に美味しかったです。
 

ゆっくり、ゆっくりと味わいました。

お料理に込められているエネルギーが細胞にスーッと浸透して身体が喜んでいるかのようです。

大自然の恵み、命を頂いているという実感が心身を通して込み上げてきます。
 

ここには時短効率という人間が作った概念はありません。

ただ自然の営みから生まれた恵みに宿っているエネルギーを、出来るだけそのまま相手に届けたいという想いがしみじみと伝わってきます。
 
 

「生きる」ということが、いつの間にか「生活」という枠の中に閉じ込められ、時間に追われ、便利、効率ということをさらに追い求めて、、、。

それが当たり前になりつつありますが、こうして旅をすると日常の在り方を客観的に観ることができ、氣づくこともたくさんあります。
 

「いや、旅行は非日常だから」

という方もいるかもしれませんが、日常と非日常を分けて考えるのが当たり前になっているだけかもしれません。
 

変わらなきゃいけないのは社会や、国でもなく、自分たちの意識なのだと改めて感じます。
 

たった一晩ですが、お世話になった岩戸館の女将さんたちのおもてなしに心より感謝を伝え、二見浦を後にしました。

海風と波音が段々と遠ざかり、短い時間に感じ取った様々なことが脳裏に浮かんできます。
 

「ここにこれて本当によかった」

しみじみ感じながら、内宮の別宮である伊雑宮(いざわのみや)へ向かいました。

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訪れる度に深みを増す伊勢の旅-10(伊雑宮編)