旧正月は、磐船神社で!

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数日前から氣になっていた磐船神社

御祭神は饒速日命(ニギハヤヒノミコト)
 

しかも、ここ磐船神社はニギハヤヒノミコトが天降ったときに乗ってきた天の磐船が御神体なのだとか!?
 

前日(2月4日)の夕方に夜行バスを調べたら二席だけ空きがあることが分かり、

「旧正月の日に、ここ磐船神社を感じてみたい!急だけれど、思い切って行ってみよう!」

バスを予約して、その日の夜に出発しました。

そもそも、饒速日命(にぎはやひのみこと)とは?

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邇芸速日命(ニギハヤヒノミコト)と言えば、天照大御神より十種神宝(とくさのかんだから)を授かって、天降った神様。

物部氏の祖神とされていますが、邇邇芸命(ニニギノミコト)が天照大御神より三種の神器を授かって、天降ったという天孫降臨のお話に比べると、意外と知られていない感じがします。
 

かくいう私も関心を持つようになったのは、昨年8月に京都の伏見神寳神社(ふしみかんだからじんじゃ)へ参拝してから。

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由緒書きに、ニギハヤヒノミコトの神名はありませんが、社名となっている「伏見神宝(ふしみかんだから)」の「神宝」は、十種神宝(とくさのかんだから)に由来するとあります。
 

十種神宝は、沖津鏡(おきつかがみ)、辺津鏡(へつかがみ)、八握剣(やつかのつるぎ)、生玉(いくたま)、死返玉(まかるかへしのたま)、足玉(たるたま)、道返玉(ちかへしのたま)、蛇比礼(おろちのひれ)、蜂比礼(はちのひれ)、品物之比礼(くさぐさのもののひれ)から成り、

これらを振り動かしながら、「ひふみの祓詞」や十種神宝の名前を唱えると、死人を生き返らせるほどの呪力を発揮したとも言われています。
 

現代的な感覚からはビックリの内容ですよね。

これが本当かどうかは分かりませんが、太古の世界には私たちの想像を超えることがあったのではと感じます。
 

ニギハヤヒは記紀(古事記、日本書紀)、先代旧事本紀やホツマツタヱにも登場する神様。

それぞれ描かれ方が違いますが、それは書物、特に神話や歴史書にはよくあることです。
 

書物はあくまで一つの視点に過ぎませんし、巧妙に真実が隠されている(操作されている)こともあります。

神話(神様)の世界も人間が勝手に作ってしまっている感じは否めません。
 

それを証明するかのように、現在は過去に隠されていたと言われる真実がいろいろと明るみに出ていますよね。

ニギハヤヒは謎が多い神様で、日本にとってもっと重要な存在なのではないかと感じています。

いざ、磐船神社へ!

磐船神社は、大阪府交野市にあります。

一番近い最寄りのバス停は「磐船神社前」。

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ですが、このバスの運行は土日のみ。

今回は平日なので残念ながら使えません。
 

もう一つルートがあります。

奈良県の生駒駅から出ている奈良交通バスで、北田原で降りるというものです。

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バス停から10分くらい歩きますが、このルートで向かいました。

天野川にかかる大岩橋を渡り、

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川沿いを少し歩いて行くと、

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磐船神社に到着です。
 

そう言えば、大阪を訪れたのは今回が初めて。

いつかは訪れるだろうと思っていましたが、その場所が磐船神社になるとは想像すらしていませんでした。

磐船神社とは?

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磐船神社の御祭神は、天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)

饒速日尊、邇芸速日命(ニギハヤヒノミコト)、またはニギハヤヒと呼ばれることが多いです。
 

先代旧事本紀によると、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の天孫降臨に先立ち、天照大御神より十種神宝(とくさのかんだから)を授かり32人の伴侶を伴い天の磐船に乗り河内の国に天降られた天津神とあります。

また、邇邇芸命(ニニギノミコト)の兄である火明命(ホノアカリ)と同一の神であるとも記されています。
 

交野に在住した肩野物部氏が祖先降臨(ニギハヤヒノミコトは物部氏の祖先神)の地として祭祀を行い、仏教を推す蘇我氏との争いに敗れ、物部氏が滅亡した後も磐船、星田、河内田原、大和田原の総氏神として崇敬されてきました。

また、この地は生駒、葛城の修験道発祥の地が近いことから、生駒修験の北瑞の霊場として栄えたそうです。

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ニギハヤヒノミコトが天降ってきたと言われる天の磐船を御神体とされていることや、

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古来より修験道の修行場とされてきた岩窟巡りができることで知られています。

いろいろな描かれ方をするニギハヤヒノミコト

ホツマツタヱでは、ニニキネ(邇邇芸命)の兄であるホノアカリ(クシタマホノアカリ、テルヒコ)が飛鳥に下る際、アマテルカミより十種宝を授かったとあり、養子になったニギハヤヒ(クニテル)が受け継いだとあります。
 

神武天皇東征には、敵として登場する二ギハヤヒですが、、、

先代旧事本紀を例に取ると、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の兄、火明命(ホノアカリ)と同一の神。

ホツマツタヱを例に取ると、ニニキネ(瓊瓊杵尊/ニニギノミコト)の兄、クシタマホノアカリ(火明命/ホノアカリ)の養子。
 

神武天皇は瓊瓊杵尊(ニニギノミコト、又はニニキネ)のひ孫となっているので、そもそも時代的に合わなかったり、代が合わなかったり。
 

私たちは、このような書物の矛盾を埋めるために一生懸命すり合わせをやります(それか神話だからと片づけるか)。

もちろん、それが間違いではないのですが、書物に書かれている断片的なピースを合わせても完成図が出来るとは限りません。
 

むしろ、それはかなり難しいとすら思います。 
 

書物は、書いた人の視点や記憶をもとに書かれているもの。

あくまで一つの視点に過ぎないですし、巧妙に真実が隠されていることが往々にしてあるからです。
 

私たちは現代の自分たちの感覚で古代の人々をなんとか理解しようとします。
 

もちろん、古代の人々に対して一生懸命想像力を働かせているのかもしれませんが、

もっと想像を超える世界や感覚で古代の人たちが存在している可能性だってあり得るということに、どこかで制限をかけています。
 

スピリチュアルな世界が受け入れられて、見えない世界が大切、見える世界と見えない世界は一つのように語られようになりました。

でも、見えない世界は私たちが考える以上に奥深いです。
 

そこに入っていくには、表層的な知識や理論のすり合わせでは捉えなれないことがたくさんあります。

神話の世界、書物の世界だけでは捉えられないことがあるのは(どこかしっくりこないと感じているのは)、私たちの感覚や物事を捉える視点がまだまだ本当の意味で、思考(左脳・現代の常識)の段階から出られていないからではないでしょうか。

磐座、磐、磐、、、磐のエネルギーで満ちている磐船神社と岩窟巡り

ニギハヤヒは天の磐船に乗って降臨したとあります。

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これって、チョット想像力を働かせれば、UFOのことを指しているのでは?

とも思えます(トンデモ本と言う人もいるでしょうが、竹内文書にも「天の浮舟」なるものが登場しますね)。
 

でも、それを私たちはシャトダウンします。
 

UFOであることが正しいと言っているわけではありません。

ただ、その可能性だってありえるかもしれないし、そういう可能性を見て見ぬふりをすることが私たちにはあるということです(その理由も段々と分かってきました)。

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磐船神社は、拝殿の奥にある巨大な岩(天の磐船)を御神体として拝みます。

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境内には、巨大な岩がたくさんあり、原初的な姿を残すエネルギーに溢れる御神域です。

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そして、拝殿の左奥には岩窟があります。

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ここは、御神体である天の磐船の磐坐に連なる無数の巨石群が天野川の谷を覆い尽くし、その隙間を行場として人々が修行を修めてきた場所。

平安時代以来、修験道生駒北嶺の霊場とされてきました。
 

事前に見たサイトから感じたのは、すごく危険ではないけれど、安易に入らない方がいいということです。

実際に、死亡事故(転落)も起きているので、岩窟には服装や靴などの注意事項があります。

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境内には、「無断拝観お断り」と看板に書かれてありました。

前日は雨だったらしく、入れなかったようです。
 

御朱印を頂く際、宮司さんに「今日は岩窟に入れますか?」と伺うと、

「入れるのですが、危険なので一人では入れないことになっています」とのお返事が。
 

宮司さんが御朱印を書かれている間、仕方ないと思いながら待っていると、二人の母娘らしき女性が社務所にやってきます。

御朱印を書き終わった宮司さんと私は、ほぼ同時くらいに、「もし岩窟に入られるのでしたら一緒にいかがですか?」と二人に聞いていました。
 

お二人から了承をいただくと、宮司さんから説明があり、

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書名をして荷物を預けます。
 

写真撮影も禁止なのでスマホも置いていきました(スマホは落とす危険性大で、写真撮影に氣を取られていると危ないです)。

生まれ変わりの穴と呼ばれる最大の難所と呼ばれているところがあり、あまりふくよかな人は通れないので、引き返してくる人もいるそうです。

説明を聞いて、チョット心配になりましたが、ここまできたら入るしかありません。
 

渡されたタスキをかけて、三人で岩窟へと向かいました。

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中に入ってみると、全く違う世界へ来たかのようです。
 

薄暗い中、場所によっては真っ暗で見えない岩と岩の隙間を這うように進んで行きます。

迷わないように白い矢印が書かれていて、それに沿って慎重に、慎重に。
 

岩をよじ登る。

岩の隙間に入る。
 

さながら、映画インディ・ジョーンズの世界に迷い込んだかのようです。

チョットした不安はありますが、どこかワクワクする氣持ちもあります。
 

宮司さんに言われた最大の難所、生まれ変わりの穴のところへ来ました。

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「ここかあ」

確かに、少しふくよかな人は入れないかもと思いました。
 

小さい穴の先は真っ暗です。

宮司さんから注意されたように、足を入れてお尻を滑らすように降りていきます。

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「降りたら左へ行ってください」

右が明るいので、間違えて右へ行ってしまう人もいるそうなのですが、降りたら左、暗くても左に行くようにと言われていたのです。 
 

三人とも、意外とスムーズに抜けられました。
 

その後のことです。  
 

私が先頭だったのですが、一瞬矢印を見失い、違う方へ行こうとするのを、後ろにいたお母さんが氣づいて合図してくれました。

一瞬、ヒヤッとしましたが助かりました。
 

最大の難所は抜けましたが、暗い箇所、前日の雨で滑りやすい箇所があるのでヒヤッとすることも。
 

空の見える場所があり、崖を登ると龍神様の祠が。
 

氣を抜かず、慎重に進み、抜け出たところに階段があり、上がって行くと天の岩戸があります。

岩窟から抜け出たところに天の岩戸があるというのも意味ありげですが、三人で手を合わせました(※この階段、幅が狭くて少し下がっているので、降りるときには注意が必要です)。 
 

階段を降り、道なりに進むと、鳥居が見えてきます。

そこを出ると社務所があり、岩窟を抜けた証、修了した証として「岩窟修行修了 磐船神社御守護」の御札をいただきました。

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写真は撮れないので、境内で頂ける岩窟内の資料を載せますね。

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➀ 拝殿と天の磐船

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② 岩窟入り口

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③ 第一の橋

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④ 押上岩

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⑤ 岩の下へ入る

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⑥ 見えない滝(洞岩) 

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⑦ 生まれ変わりの穴へ

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⑧ 生まれ変わりの穴へ(足から下りる)

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⑨ 空の見える場所

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⑩ 崖を登る

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⑪ 龍神様の祠(出口)

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⑫ 参道より岩窟を覗く

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⑬ 天の岩戸(石段の上)

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⑭ 帰り参道の道祖神 大岩大神(男神)

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⑮ 同じく 白福大神(女神)

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岩窟巡りは、時間にすると大体20分から25分くらい。

とにかく無事に終わって、ホッとしました。
 

この岩窟を入れて、2時間くらい境内にいたでしょうか。

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(ニギハヤヒから?)メッセージも頂き、磐船神社を後にしました。

奈良へ戻り、いろいろ観光しようと思ったものの、、、

北田原からバスで生駒へ戻り、電車で奈良駅へ。

どこへ行こうか迷いましたが、春日大社へ向かいます。
 

それにしても鹿が多い(笑)

奈良は30年振りだったので、すっかり忘れていました。
 

中学生のときは歴史や神社仏閣に全然興味がなかったのもあり、どこを訪れたかは断片的にしか覚えていないのですが、たぶん春日大社は初めてだと思います。

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広くて、参拝する場所もたくさんあることを初めて知りましたが、とにかく観光客が多い(笑)

一通り参拝しましたが、なんとなくスッキリしません。
 

いつの間にか、ほとんど人がいない自然が多い場所に出て、そこを歩いていました。

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すると次第に、ラジオのチューナーが合うように頭がスッキリしてきて、一言メッセージも頂きました。
 

その後、まだ時間はあったのですが、あまり他の有名な神社やお寺へ行く氣にならず、あてもなく奈良の街を彷徨っていました。

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途中、小さな御社を見かけて氣になったところに手を合わせたりしながら。

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最後に、、、

いろいろと感じることが多かった旧正月の大阪、奈良の旅。
 

メッセージも頂き、やはりそうかと納得させられる時間でもありました。 
 

私たちはまだどこかで外に神様を求めているような氣がします。

神様を敬い、手を合わせることは大切ですが、もっと一人ひとりが内側を整えることに意識を向ける必要があるのでは?と感じます。
 

人は内なる神を内包する存在だと言われますよね。

一人ひとりが創造主であり、神様だと。
 

でも本音では、どこかで自分が神様なんてと思ったりするところがあったりします。
 

「それって、ちょっと傲慢じゃないの?」

どこか無意識的にタブーみたいなことを感じているように。
 

でも今、求められているのは本来の自分自神に戻ること、目醒めることで、それは傲慢なことではありません。
 

神を敬いつつも、神を外に見ず、神にすがらず、自らのカミを観る(整える)。

一人ひとりのカミとしての自立であり、統合。
 

日々、氣づきがあります。

まだまだ思い込みや枠に縛られている自分に。 
 

そして、本当の意味で、もっと、もっと、いろいろと思い込みを外していかないと、新たな世界へは行けないのだと強く感じています。 

それだけ壮大なコトが起こっている最中に自分たちが存在しているという自覚が必要なのだと。
 

後で知りましたが、旧正月である2月5日は新月だったのですね。

新たな始まりの時を、大阪、奈良で素晴らしい時間を過ごすことができたご縁に感謝を込めて。