どうしても行きたかった皆神山の岩戸神社へ

玉依比賣命神社を後にして、皆神山へ。
 

昨年も吉野由美さんに皆神神社をご案内をしていただいたのですが、一ヵ所訪れていない場所があり、今回はどうしてもそこへ行きたいと思っていました。

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岩戸神社です。
 

神話にもある天照大御神の岩戸隠れ。

日本人にとって馴染み深いお話でもありますよね。
 

岩戸神社は、それを現すかのようにいろいろな場所にあります。

ここ長野県松代市の皆神山にある岩戸神社もその一つ。

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祠の中へ入る前に森田梅泉さんが笛を吹いてくださいました。

吉野由美さんが、祓い清めの意味も込めてとお願いして下さったのです。

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一曲吹き終わった後、由美さんのリクエストでアメノウズメの曲が流れます。
 

アメノウズメは、天照大御神が天岩戸に隠れたときに裸踊りをして神々を笑わせた神様。

文献によって違うので、実際に裸踊りをしたのかは分かりませんが、踊りで神々を樂しませたことを彷彿させるような軽やかでリズムカルな音霊が響き渡ります。
 

曲が終わったところで、いよいよ祠の中へ入って行きます。

中に入ると、不思議な感覚を覚えました。
 

御社のように整備されているわけではない、このむき出し感がたまらないくらい原初的な雰囲気を漂わせています。

遙か昔の記憶なのか、断片的なイメージが、浮かんでは消え、浮かんでは消え、、、。
 

由美さんの声掛けで、ここでも梅泉さんに笛を吹いて頂くことに。

祠の中で響き渡る笛の音は明らかに違っていて、この空間が特殊な場所であることを感じさせてくれました。
 

皆で静かに手を合わせ、一人ひとり祈ります。
 

手を合わせているときに、一言メッセージを頂きました。

短くシンプルですが、私にとっては深い意味があるメッセージとなったのです。

皆神神社へ

祠から出た後、由美さんたち一行は車で皆神神社へと向かいます。

私たちは祠の裏に回りました。

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まばゆい光が差していて、しばらく皆でここの雰囲氣を感じていました。
 

上を見ると、山道があり、このまま歩いて行こうということになったので車を置いて皆で歩き始めます。

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しっかりとした道ではないので歩きづらいところもありましたが、意外と早く皆神神社へ到着。

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ちょっと、拍子抜けでした(笑)

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皆神山って、とにかくスゴイんです!
 

なにがスゴイかというと、駐車場にとんでもないこと(?)が堂々と書いてあるんですよね。

世界最古のピラミッドとか宇宙基地とか宇宙船とか(笑)

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ほら、この岩にもハッキリと。

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昨年の記事(『最古のピラミッド?』その山頂にある皆神神社に初参拝 )に詳しく書いたので、ここでは省略しますが、確かにここはエネルギー的にもスゴイ場所なんです。

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ちょっとした御神事(?)をして、一通り回った後、御神水を頂こうということになり、皆でその場所を探します。

が、なかなか見つかりません。
 

検索すると少し離れた場所にあることが分かり、車で向かいます。

少し走ると、ちょっと車で入るには狭すぎる道があり、そこをゆっくりと入って行くと、

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無事に御神水を頂くことができました。

最後に、、、

皆神山、皆神神社という名にはとても深い意味があると思います。
 

本来の意味は分かりませんが、そのまま素直に読めば?
 

皆神山(みなが神さん)、みんな神様です。
 

私たちは内なる神を宿した存在だと言われていますが、

「自分が神様なんて」

と、どこかでおこがましいと思うところがあったりします。
 

ですが、今しきりに言われている統合(アセンション)とは、本来の自分を思い出すことであり、それは皆神、みんな神様だったという自覚と自立を求められていることなのではないでしょうか。
 

外に神を見るのではなく、内なる神を観る。

カミとして自立し、統合すること。
 

私たちは夜に寝て、朝に目を覚ますと思っていますが、本当の意味では夜に目を醒まし、朝に眠りについています。

そのことに氣づかないくらい、深く眠ってしまったということです。
 

天の岩戸開きとは、そのことを指しているのかもしれません。

目を醒まし、本来の自分、内なる神を思い出すということをです。
 

そういった意味では、あの岩戸開きは完全なる統合ではなかったのかもしれません。

なぜなら、須佐之男命を悪として分離しているから。
 

日月神示には、悪をも抱き参らせるという言葉が出てきますが、本当の意味での統合、調和とは善悪を超越したところにあるのだと思います。
 

岩戸の中で天照大御神が完全に統合する前に、周囲の神々が強引に岩戸の外に出してしまったのでは?
 

もちろん、これは私が今、勝手に思ったことですので、適当に受け流してください。
 

時代の変わり目である今、一人ひとりの意識が問われています。
 

内側が全てを創っていると理解すること。

外側(現実)で起こっていることに目を向けるのではなく、内側の調和、統合に意識を向けること。
 

地球の未来は、一人ひとりの意識がどうあるかで変わってきます。
 

このまま眠り続けるか、それとも目を醒ますか。
 

あなたはどちらを選択しますか?