兵庫県から広島県へ

新たな元号が発表された翌日から、西へ向かう旅に出た2日目の4月3日(水)。

やはり、疲れていたのか予定より1時間遅れての出発となりました。
 

山陽本線、8時22分相生発、岡山行の電車に乗り、出発です。

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2日目に行こうかなと、取り敢えず候補になっていたのが広島県宮島の厳島神社です。

もちろん、取り敢えずなので、他の場所がピンときたら変更するつもりでした。

でも、当日、電車に乗ってから途中の駅でピンとくるところがないかと、アンテナを張って調べてみても、他にしっくりくるところはないので厳島神社へ行くことにしました。

相生駅から宮島口までは約5時間、55駅もあるんですけどね(笑)
 

9時29分岡山着。

同じく山陽本線、9時31分岡山発、三原行の電車に乗り換えて、糸崎駅へ向かいます。

10時58分、糸崎駅着。

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11時20分発、岩国行の山陽本線に乗り換えて宮島口駅へ。
 

実は、宮島は中学の修学旅行で来たことがあります。

ただ、記憶がないんです、ほとんど。

「鹿がいた」

「ボーっと海を見ていた」

くらいで(笑)
 

その時行った京都、奈良はもう少し記憶があるのですが、こと広島に関してはほとんど覚えていません。

だから、宮島が氣になっていたのか?

よく分からないけれど、とにかく行くことにしました。
 

岡山県を越え、広島県の宮島まで約5時間。

13時13分に宮島口へ到着しました。

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いざ、宮島へ

フェリー乗り場へ行き、

「ん?もしかしたら青春18切符でフェリーも乗れるかも」

と思い、検索してみると的中です。

親切に記事に書いてくれている人がいました。

宮島口から宮島まではフェリーで、約10分。

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「30年前、乗ったんだよなあ」

と、記憶をたどってみても見つからない。

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ちょうど干潮の時間で、大鳥居まで歩いていけました。

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大鳥居を中心にたくさんの人が、干潮の時間しか歩くことができない砂浜を樂しんでいます。

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社殿側の扁額には、「伊都岐島(いつきしま)神社」と書かれていて、

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海側の扁額には、「嚴嶋(いつくしま)神社」と書かれています。

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社殿側と海側で、漢字の表記と読みが違いますよね?
 

厳島(宮島)は「神を斎(いつ)きまつる島」という意味があり、古来より、島そのものが神として信仰されてきました。

そのときの呼び名が「伊都岐島(いつきしま)」なのだそうです。
 

社伝によると、厳島神社の創建は推古天皇元年(593年)とかなり古い。

現在のような豪華な造りになったのは、平安時代末期に平清盛が崇敬するようになってからです。
 

この大鳥居の創建は定かではなく、記録が残っているのは、仁安3年(1168)に平清盛が造営したものとなっています。

これを初代とすると、現在の大鳥居は8代目。
 

現在、厳島神社は宗像三女神をお祀りしていますが、もともとは市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)を祀る社殿を創建したことが始まりで、「厳島(いつくしま)」という名も、「市杵嶋(いちきしま)」から転じたものだという説もあります。

これ、ホツマツタヱのお話と一致するんですよね。

ハヤコがミつご

ヒはタケコ オキツシマヒメ

フはタキコ エツノシマヒメ

ミはタナコ イチキシマヒメ
 

またハヤコは三つ子産み、

長女はタケコ、オキツシマ(竹生島)姫

次女はタキコ、エツノシマヒメ(江の島)姫

三女はタナコ、イチキシマ(厳島)姫

引用:やさしいホツマツタヱ 天照大神のお后 ミハタの六ー七 P34/いときょう著

ハヤコは三女神の母でアマテルカミの十三人のお后の一人です。

記紀(古事記、日本書紀)では、天照大御神と須佐之男命が誓約(うけい)をしたことで生まれたのが五男三女の神々で、この三女が宗像三女神です。

でも、ホツマツタヱでは男神であるアマテルカミとハヤコとの間に生まれたと記されています。
 

せっかくなので、このハヤコに関連するホツマツタヱのお話にもう少し触れてみたいと思います。

ハヤコはアマテルカミの弟であるソサノヲ(須佐之男命)と不倫関係になってしまい、同じくアマテルカミの后の一人である姉のモチコはアマテルカミの第一子となるホヒノミコト(天穂日命)を産みますが、ホヒノミコトは皇位を継ぐことができませんでした。

また、ソサノヲも宇佐のアカツチの娘ハヤスフ姫に恋をして、妻にしようと、アカツチの了承を得るものの、アマテルカミの許可をもらうことができませんでした。

このような出来事が重なり、ソサノヲとモチコ、ハヤコの邪な心がアマテルカミに対する恨みとなっていきます。

ソサノヲを暴挙に走らせ、アマテルカミは磐室(岩戸)に入ってしまうのです。

ソサノヲは いわをけちらし

なおいかる キミおそれまし

いわむろに いりてとさせば

あめがした かがもあやなし
 

ソサノヲは、怒り収まらず、磐を蹴散らし、なお怒ります。

これを見てキミ、アマテルカミは恐れ、磐室にお入りになって、戸を閉ざせば、天が下(世の中)は光陰(かが)もアヤなし(秩序のない状態)になってしまいました。

引用:やさしいホツマツタヱ 天照大神のお后 ミハタの六ー七 P67/いときょう著

記紀で有名な天の岩戸隠れのお話のところです。

この後も、ハタレの乱という騒動に繋がるのですが、長くなるのでここまでにしておきますね。
 

大鳥居に話を戻しましょう。

鳥居の東側には太陽の紋章があり、

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西側には月の紋章があります。

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陰陽道の理に沿って、北東の鬼門を封じるためだとも言われています。

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干潮の砂浜から一旦上がり、厳島神社を目指します。

厳島神社を参拝

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参拝入り口から、まず客(まろうど)神社を参拝します。

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こちらには、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)、天穂日命(あめのほひのみこと)、活津彦根命(いくつひこねのみこと)、天津彦根命(あまつひこねのみこと)、熊野樟日命(くまのくすびのみこと)の五柱の神様が祀られています。

記紀で、天照大御神と須佐之男命の誓約によって生まれた五男三女の神様。

このうちの五男の神様ですね。

ホツマツタヱでは、アマテルカミと十三人のお后の間に生まれた子となっており、さきほど書いたモチコが生んだのが天穂日命(あめのほひのみこと)で、内宮(正室)であるセオリツ姫が生んだのが、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)となっています。
 

手を合わせて、ご縁をいただいたことへの感謝を伝えました。

回廊を少し進み、右へ曲がり、さらに少し進み、右に曲がると高舞台の方へ出て、先ほど歩いた大鳥居の方を眺めることができます。

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高舞台側から本殿側には、左右に凛々しい狛犬がデンと立ち、

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美しい本殿の姿を見ることができます。

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中へ戻り、拝殿の方へと進みます。

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先程の客(まろうど)神社には、記紀の天照大御神と須佐之男命の誓約によって生まれた五男三女のうちの五男の神様がお祀りされていましたが、

こちらの厳島神社御本殿には、五男三女のうちの三女の神様、市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)が祀られています。

ホツマツタヱでは、アマテルカミのお后のひとりであるハヤコが生んだ子でしたね。
 

自分でも意外だったのが、

厳島神社の拝殿の前に立ったときです。
 

拝殿から海の方、鳥居の方向を見た瞬間に、

「えっ?何?この感覚。。すごく懐かしい。。」

と感じたからです。
 

「あっ、やっと中学の時の記憶を思い出したんですね」

と思ったかもしれませんが、違うんです。

明らかに違うのが自分の中で分かるんです。
 

カラダではないところ、カラダのもっと上の方、カラダの周囲、カラダを取り巻く、もっと広いところで、懐かしいと感じていたからです。

「懐かしい、、、」

という感覚もあるし、

「嬉しい、、、」

という感覚もあります。
 

そう、カラダじゃないところが喜んでいるんです。
 

「あっ、分かれてないんだ、、、。なにもかも、全てが、、、」

拝殿で手を合わせているときも、カラダの上の方で、何やら交流している感覚があります。
 

よく分からないけれど、喜んでいることだけは分かりました。

そして、いろいろ意味付けや解釈をつける必要はなく、それで十分だとも思いました。
 

それにしても、本当に中学のときに厳島神社に来たのだろうか?

宮島に来たことは確かなのですが、記憶の中にないんですよね、スッポリと厳島神社が。

今日こんなに懐かしい感覚を思い出したのに。。。
 

まあ、いいや(笑)
 

大国(だいこく)神社、天神社を参拝した後、宮島を少しブラブラ歩きました。

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もっとじっくり見たいという氣持ちはありました。

居心地がよかったんですよね、宮島全体がとても。

でも、さらに西へと呼ばれているような氣がしたので、宮島を後にして駅へ戻りました。

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宮島口の駅へ戻り、「そう言えば、お腹減ったな」とコンビニでお昼を買い、駅のベンチに腰掛けて食べながら、

「次はどこへ行こうか?」

とアンテナを張っていました。
 

ピンときていたのは大分の宇佐神宮。

他にはなさそうだったので、取りあえず、電車に乗って向かいます。
 

16時58分、宮島口発、山陽本線(岩国行)で岩国駅へ。

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宇佐駅で検索をかけてホテルを探すも、徒歩だと便が悪いところばかり。

なかなか見つかりません。
 

17時21分、岩国駅着。

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17時41分、岩国駅発、山陽本線(下関行)で下関駅を目指します。

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宇佐駅でホテルが見つからないので、近隣の駅で探すと、中津駅に空きがあることが分かりました。

念のため、もう少し近い駅にないかと探してみますが、やはりないので、中津駅のホテルを予約。
 

20時55分、下関駅に到着。

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20時58分、下関駅発、山陽本線(小倉行)ー門司駅(直通)ー鹿児島本線(小倉行)の電車へ。

21時11分、小倉駅着。

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21時27分発、小倉駅、日豊本線(中津行)に乗り換えて、

22時33分に目的地の中津駅に到着です。

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初めての大分。

というか九州自体が2回目です。
 

時間も遅いので、コンビニによってからホテルへと向かいます。
 

ホテルに着いて、チェックインしたとき、ホテルの方とお話をしている中で、

「宇佐神宮へ行こうと思って、宇佐駅でホテルを探したのですが、なかなか見つからなくて。中津駅で探したら、こちらのホテルが見つかりました」と私が言うと、

「宇佐神宮へ行かれる方で、うちのホテルを使われる方多いですよ」

とホテルの方は言うと、

「そうそう、ここ中津には宇佐神宮の元宮と呼ばれている神社があります」

と地図を出して、教えてくれました。

「タクシーで10分くらいですよ」

と言うので、

「部屋でゆっくり考えてみますね」

と私が言うと、もしよかったらと地図を渡してくれました。
 

部屋へ行き、

「明日の予定も意外とタイトだし、どうしようかな」

とビールを呑みながら考えていましたが、

宇佐神宮へ行くために、中津駅のホテルを選んで、そこで元宮の話を聞くなんて偶然じゃない氣がしてたので、朝一で行ってみることにしました。
 

予定外、想定外も旅の醍醐味です。

まさか、次の日はもっと想定外なことがあるとは!
 

疲れた身体を横たえると、深い、深い眠りへと落ちていきました。
 

『西へ、西へ、南へ、西へ』~青春18切符4日間の旅④(大分県・薦神社編)