広島県から大分県へ

【前回記事『西へ、西へ、南へ、西へ』~青春18切符4日間の旅③(広島県・厳島神社編)の続きです。】
 

新たな元号が発表になった翌日から西へ向かった旅の3日目の4月4日(木)。
 

宇佐神宮へ行くために、前日の夕方から夜にかけて、広島県から大分県へ移動。

宇佐駅でホテルが見つからなかったため、中津駅のそばのホテルに泊まりました。
 

ホテルの方に、ここ中津に宇佐神宮の元宮があると聞き、急遽、行くことに。

昨夜、調べてみると、中津駅からバスが出ていることが分かりました。
 

一番早い時間が8時発。

シャワーを浴び、ホテルで朝食を食べると、早速出発です。
 

中津駅はホテルからすぐ。

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バスの乗り場らしきところもすぐ分かりましたが、

バス停の表示や路線図を見ても、薦(こも)神社行きのバスに、どこで乗ればいいのか分かりません。
 

運転手さんがいたので、聞いてみると、

「えーっと、薦神社は、こっちのバスですね」

と教えてくれました。
 

中津駅から薦神社まで約16分。

薦神社に到着です。
 

ここで、フェイスブックで繋がっている淳子さんにメッセージを送ります。

福岡に在住の淳子さんとは、まだ一度もお会いしたことがなかったのですが、

僕が大分県に来ていることを投稿で知り、メッセージを送ってくれていたのです。
 

「いま、宇佐神宮の元宮と呼ばれている神社にいること」や「これから宇佐神宮に行くこと」をメッセージに書き込み、

送信すると、一礼して、境内の中へ入って行きました。

宇佐神宮の祖宮と言われる薦神社を参拝

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全国に約4万社ある八幡様の総本宮と言えば、宇佐神宮です。

薦(こも)神は、その祖宮にあたると言われています。
 
 

薦神社で検索すると、書く人によって「祖宮」、「元宮」と表記は違います。

神社には、「元宮」とか「奥宮」とかいろいろな呼び方がありますよね?
 

僕もよく分かっていないので調べてみると、

「奥宮、奥社、上宮、元宮」はどうやら同じ意味のようです。
 

概念としては「神社の社殿と関連ある他の社殿との関係性を表す名称」というもので、どこか曖昧さがあります。

厳密に使い分けている神社もあるかもしれませんが、原則的に(大よそ?)同じと思っていいのだと分かりました。
 

「じゃあ、祖宮は?」

と思ったのですが、この言葉に対する意味が検索しても出てきません。
 

でも、言葉的には元宮と同じように捉えてもいいのではないかと思います。
 

なぜ、このようなことを書いたかというと、宇佐神宮の元宮は、大元神社とも言われているからです。

でも、「どちらが本物か?」などと追及することに興味はないので、

薦神社は宇佐神宮と深い関わりがあるということでいいのではないかと僕の中では落ち着きました。
 
 

薦神社の御由緒を見てみましょう。

『八幡宇佐宮御託宣集』によれば養老4年(720)三度目の反乱を起こした日向・大隅の隼人に対し中央政府の征討軍は豊前軍と共に三角池に自生している真薦で造った枕状の八幡神の御験を乗せた神輿を奉じて鎮圧に向かったとされます。

薦神社の内宮である三角池には「豊前の国下毛郡野仲の勝境の林間の宝池は八幡大菩薩修行の際湧き出でし水なり」という伝承があります。

宇佐宮の祢宜 大神諸男は三角池の前にて祈願をした処、池一面に波が湧きかえり雲の中から「我、昔(三角池に自生している)この薦を枕とし百王守護の誓を起こしき。百王守護とは凶賊を降伏すべきなり」とご宣託を頂きます。

そしてこの真薦こそ神の依り代にふさわしいと持ち帰り体を清め自ら御験の制作にあたりました。

引用:【公式】大貞八幡宮薦神社HP

一礼して、境内に入ります。

ご近所の方でしょうか。

境内には、ひとりだけ年配のご婦人が参拝に来ていました。

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よく分からずにきてしまいましたが、想像していたよりも立派で驚きました(ゴメンナサイ)。

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こちらの神門は国の指定重要文化財になっています。

■神門(国指定重要文化財)

裳階付き三間一戸二重門。元和8(1622)年に細川忠興が再建して以来、中津藩主小笠原氏・奥平氏も修復に力を尽くしました。

平成の大修理では、建物の解体段階で、多くの墨書銘が発見され、さらに再建時の屋根はこけら葺きであったことが判明、このため桧皮葺きからこけら葺きに復元されました。

神門には三つの大きな特徴があります。第一に、二重門の前後には、庇状の裳階が付設されていることです。第二に、平面の規模に比べ立面は縦長で、側面から見ると幅が狭く、棟高を一層感じさせられます。

第三に、木鼻の細部の繰型や絵様が豊かで線も伸びやかで、意匠や造りが共に優れており、工匠の技量の高さがしのばれます。

引用:【公式】大貞八幡宮薦神社HP

今日も朝から太陽が眩い光を降り注いでくれて、気持ちがいいです。

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手水舎で手と口を清めて、拝殿の方へと向かいます。


 

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先ほど見かけた年配のご婦人はすでに参拝を終えて、帰られたようです。
 

ひとり静かに手を合わせて、参拝のご縁をいただいたことへの御礼をお伝えしました。

せっかくなので、もう少し境内を散策してみようと、来た方と別の方角へ足を運んでみます。

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大きな池に出ました。

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薦神社の境内には、5ヘクタール余もある大きな三角池(みすみいけ)があります。

ちなみに、東京ドームが約4.7ヘクタールなのだそうです。

ほぼ同じくらいですね。
 

この三角池そのものを御神体(内宮)として、社殿を外宮としています。

池が御神体というのは、あまり聞いたことがありませんが、

木や石、山そのものを御神体にすることを考えたら、不思議なことではないですよね。
 

「一周してみようかな」

ふと思い歩き始めました。

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途中でふと、

「これ歩いていたら、宇佐神宮に行くの遅くなっちゃうよな」

と思い、スマホでバスの時刻表を確認。
 

9時37分のバスに乗らないと、次は11時7分までないことが分かります。

あと30分くらいしかありません。
 

なんとなく歩いていたので、どれくらいきたのかも把握していなかったこともあり、慌てて走っていると、

「あっ!?」

と木の根っ子に足を取られて、見事に転びました(笑)

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近くまで戻ってくると、思ったより時間に余裕があることがわかり、ここで少し休憩しました。

階段のところに座り、目をつむり、深呼吸をしていると、ブワーっと意識が広がっていくような感覚に包まれます。

しばらくその心地よさ、気持ちよさに浸っていました。
 

目を開け、我に返ると、

「あっ、もうこんな時間!?」

とまた慌てて戻ります。
 

先程、本殿に行く途中に小さな御社があって、まだご挨拶をしていなかったので、急いでそちらへ向かいました。

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「バタバタとスミマセン」と、一瞬でしたが、ご挨拶をして、境内を出てバス停を目指します。

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まだ少し時間があったので、咽がカラカラだったこともあり、目の前のコンビニで水を買いました。
 

バスは時間通りに来ましたが、電車の時間を調べてみると中津駅発9時58分。

薦神社前から中津駅までは約16分。

9時37分発で9時53分着予定。

乗り換え時間約5分と意外と短い。

これに乗れないと、次の電車が10時42分と約1時間待つことになります。
 

有り難いことに、バスは予定通り9時53分に到着。

あらかじめ、青春18切符を内ポケットに入れておき、降りるや否や、もうダッシュで駅へ。

改札で駅員さんに切符を見せ、日豊本線(幸埼行)の電車に駆け込みます。
 

「間に合った!」
 

ホッとすると、淳子さんからの返信メッセージを読みます。
 

「お時間があれば、ぜひ英彦山をご案内したいです」

と書かれていました。
 

英彦山がどこにあるのかも知らなかったので、

「どちらにあるのですか?」

とメッセージを送ります。
 
 

4月5日(金)の終電までに東京へ帰る予定でした。

今日(4月4日)中に出来るだけ、東へ向かわないと、帰れなくなってしまいます。
 

「たぶん、時間的に難しいだろうな。取りあえず、宇佐神宮を参拝してから考えよう」

そう思い、宇佐神宮を目指しました。
 

この後、予想外の展開が待っていようとは、つゆとも知らず。

『西へ、西へ、南へ、西へ』~青春18切符4日間の旅⑤(大分県・宇佐神宮編)