旅への誘いは突然に!?

2019815三内丸山遺跡_191028_0004

明日の自分がどうなっているのかなんて、

ホント分からないもので、

予定外、想定外のことは突然起こったりします。
 

今回の僕の旅もそう。

全くその気もなかったのに、

東北地方を4日間も旅をすることに!?
 
 

キッカケは親戚夫婦と食事をしたときの会話。
 

秋田、青森の神社を巡ってきたという親戚夫妻は、

訪れた神社や場所の写真を僕に見せると、旅の思い出を楽しそうに語ってくれました。
 

僕も今年の4月に青春18きっぷで東京から静岡、愛知、広島、大分、福岡を巡ったことを思い出し、

IMG-6871

IMG-6905

IMG-6969

IMG-7111

IMG-7224

IMG-7287

親戚夫妻に各地の神社の写真を見せながら、旅の思い出を語りました。
 

ホツマツタヱの話題も出て、予想以上に話が盛り上がった夜。

日常から突然、旅モードに!?

久しくしていない旅への想いに火が灯ったのでしょうか。

翌日、東北を旅することがアタマから離れません!?

2019813多賀城跡_190817_0041

2019814鹽竈(しおがま)神社_191028_0089

2019815唐松神社_191028_0021

2019815三内丸山遺跡_191028_0007

2019815善知鳥(うとう)神社_191028_0048

2019815岩木山神社_191028_0012

アタマの中で、いろいろな言葉や問いかけが、、、
 

「ちょうど青春18きっぷも使える時期」

「ちょうどお盆休み前」

「たぶん、お墓参りは10年くらいしていないのでは?(※秋田は母の田舎)」

「秋田のいとこも休みで、泊めてもらえるかも?」

「もしかしたら、車で案内してくれるなんてことも?」
 

「ホツマツタヱ」

「ヒタカミ(日高見) の旅」

僕のホツマツタヱの先生でもある いときょう先生の著書が浮かびます。

ホツマツタヱで紐解く古代東北地方ヒタカミとは?

IMG-1016

ホツマツタヱ(※)では古代の東北地方をヒタカミと呼んでいました。

(※ヲシテ文字という神代文字で書かれている古代文献のことです。)
 

クニトコタチの八人の王子「ト、ホ、カ、ミ、エ、ヒ、タ、メ」の1人、

タのミコトが開き、初代タカミムスビとなりました。
 

ヒタカミは、タカミムスビが代々治めた地であり、

中央政府の衰退の危機を救ったのが、

第5代タカミムスビでもあるトヨケカミ(豊受大神)です。

IMG-1011

(右がヲシテ文字で、「トヨケカミ」と書いてあります。)
 

中央政府の衰退の危機とは何だったのか?
 

実は6代目アマカミ(天皇)であるオモタル・カシコネ(夫・妻)が世継ぎに恵まれず、

系統が途絶えてしまうのです。
 

ここで登場するのが、イサナキ(伊邪那岐命)とイサナミ(伊邪那美命)です。
 

・イザナギ(伊邪那岐命)⇒2代目タカミムスビの系統(アワナギの息子)

・イサナミ(伊邪那美命)⇒5代目タカミムスビ(トヨケカミの娘)
 

どちらも、ヒタカミ(タカミムスビ)の系統の血筋を引いています。

この2人を夫婦とし、7代目アマカミ(天皇)としたのです。
 

イザナギ(伊邪那岐命)とイサナミ(伊邪那美命)の子どもが、アマテルカミ(天照大御神)。

IMG-1010

(右がヲシテ文字で、「アマテルカミ」と書いてあります。)
 

トヨケカミ(豊受大神)はアマテルカミ(天照大御神)の祖父ということになりますね。

このトヨケカミ(豊受大神)の本拠地が宮城県多賀城市にある壺の碑(つぼのいしぶみ)辺りだったのではないかと言われています。
 

アマテルカミ(天照大御神)は、ヒタカミの祖父トヨケカミ(豊受大神)の元へ行きます。

いたるワカヒト ヒタカミの アメのみやにて みちまなぶ 

ワカヒト様は、ヒタカミの天の宮にて天の道(トの教え)を学ぶのでした。

引用:やさしいホツマツタヱ ミハタの二十五ー二十八/いときょう著 P178-P179

アマカミ(天皇)としての心構えでもある「天の道(トの教え)」の精神を学ぶためです。

陰陽融合、調和の精神に則った生き方や世の治め方といったところでしょうか。
 

※ワカヒトはアマテルカミのイミナ(讃え名)です。

ホツマツタヱのイミナ(讃え名)の話は、現在の天皇陛下(皇室)のお名前にも繋がることが分かるので、とても興味深いです。

下記の記事に詳しく書いてありますのでよかったら。

『ヒトは1と10?』
 
 

古代、しかも縄文時代の東北でそんなことがあったなんて驚きですが、

ホツマツタヱでは神話の出来事、登場する神様たちが実在した人間として、

生き生きと描写されています。

様々な視点を受け入れることで見えてくる「全体性という真実」

古事記や日本書紀とは違った視点で古代の世界を垣間見ることができるホツマツタヱは、

今までの常識を覆す要素を含んでいるので、賛否両論あります。
 
 

歴史を見るとき、僕の中に基本軸としてあるのは、

「ぶっちゃけ、当時のことは、その当時に行ってみないと分からない」

という、ある意味、
 

「それを言っちゃあ身も蓋(ふた)もないでしょう!」

と言われてしまうものです。
 

でも、

どの書物、どの説が正しい、間違っているという「白黒付ける○×形式」で歴史を見ようとすると、どうしても視点が狭くなり、
 

「全体性という真実」が断片的な偏った情報となってしまいます。
 

バラバラに点在している「全体性という真実」の貴重な欠片(ピース)を見落としてしまうからです。
 
 

「全体性という真実」とは起こった出来事そのもの。

何の視点もジャッジも加えていない「あるがままの出来事」。
 

立体的で、おそらく言葉では表現できないものであり、

「感覚として府に落とす、悟る」しかないという抽象度が高いもの。
 
 

「真実を証明する」という論理的思考ではなく、

「真実を共有する」という感覚的思考になれたときが、

本当の意味での調和なのかな、と感じています。
 
 

チョット抽象的で分かりづらいことを書いちゃいましたが(笑)、

様々な視点があり、それを自由に楽しみ、物事を重層的、立体的に捉えたいという想いが僕にはあります。
 

例えば、映画や小説も、様々なキャラクターが登場しますよね。

1人のキャラクター(例えば、主人公)だけで物語を見るより、

キャラクターごとの視点で物語を見れば、

物語の全体性がより鮮明に見えてきます。
 

平面的視点が立体的視点となるように。
 

歴史にしろ、映画や小説にしろ、大切なのは「そこから何を学び、未来にどう活かしていくのか」だと思っています。
 
 

もちろん、「全体性の真実」云々(うんぬん)と言ったところで、僕自身の視点で捉えた考えや感じたことがあるわけですから、

それを言葉として表現していくことは大切なことです。

それをしないと、あまりに概念的過ぎて訳が分からないし、記事にならないですから(笑)
 

ただ、僕が書いたことが絶対正しいとか(正しさを証明したいとも)言うつもりはなくて、
あくまで全体の中に含まれる視点の1つとして表現しているだけだと思っています。

 
 

ホツマツタヱに出会ってから、

僕の中で大きく変わったことがあります。

神話や古代の解釈、神社へ参拝することに対する意識です。
 

それはどのようなものかというと、
 

ビッグバンという宇宙の成り立ち、神話と呼ばれている世界から、

現在の自分へと続く繋がりであり、
 

自分自身を含めた全てが、

大いなる宇宙の法則の中で起こっている循環に組み込まれていて、

神社はその繋がりを思い出すところという感覚。
 

ホツマツタヱは物語としても面白いのですが、根底にあるのは宇宙の真理ともいうべき縄文人の宇宙観、哲学が記されているからです。
 
 

だから、今の僕にとって、旅と言えば神社、

そして、その背景にあるのがホツマツタヱなのです。
 
 

というわけで、、、旅をしたいという衝動を抑えられなかった僕は決めました。
 

「よし!行こう!!明日から!」
 

秋田にいるいとこや親戚にメッセージを送り、その旨を伝えると、

・泊まる場所⇒OK

・車で案内⇒OK

の返信が!!!
 

早速、青春18きっぷを購入し、

2019813多賀城跡_190817_0100(トリミング)

明日からの旅支度へ!
 
 

多賀城跡、鹽竈神社、三内丸山遺跡、善知鳥神社、岩木山神社と

ホツマツタヱに所縁(ゆかり)がある地と唐松神社を巡った今回の旅。
 

いやあ、それにしても今回の旅も濃かった(笑)

さて、さて、どんな旅になったのか?

古代東北地方 ヒタカミ(日高見)~青春18きっぷの旅①(多賀城跡 編)