平成31年1月 長野ツアー~其之弐(玉依比賣命神社 児玉石神事編)
目次
玉依比賣命神社「児玉石神事」~2019年1月7日~
昨日の松代荘での樂しい宴から一夜明け、今日はいよいよ玉依比賣命神社の「児玉石神事」です。
朝起きてすぐに温泉に入り、氣持ちも和みさっぱりとしたところで朝食を頂きました。
バイキング形式でいろいろなメニューがあるだけでなく、とても美味しいのです。
名物の長芋もかけ放題なので、おかわりをしようと思っていましたが、
いろいろと食べているうちにお腹がいっぱいになってしまいました(笑)
「児玉石神事」の開始は朝9時。
手続きなど諸々あるので、8時には松代荘を出る予定で動いていましたが、
昨日の寒さで車のフロントガラスが凍っていたこともあり、お湯をかけて溶かしてからの出発となってしまいました。
昨年と同じように天氣がよくて、穏やかな日差しが心地よく、青々とした空が広がっています。
山々に囲まれているので空氣が澄んでいるのは当たり前と言えば当たり前なのですが、
エネルギーの粒子が細かくて心地よくもあり、頭が冴えわたり、背筋がピンと張るような感覚がありました。
玉依比賣命神社は松代荘から車で5分くらいなので、あっという間に到着です。
勾玉を奉納する人たちの手続きは、神社側も準備で慌しく、中々スムーズには行かない様子。
外で写真を撮ったりしながら待機していると、
中へ入るように言われ、拝殿へと向かいました。
平成最後の年、新たな年号となる年に奉納された「子持ち勾玉御守」
実は今年、玉依比賣命神社で「子持ち勾玉御守」を頒布するという新たな試みが成されました。
制作の依頼を受けたのは勾玉オルゴナイト工房の千葉由紀子さんです。
昨年の児玉石神事では玉依比賣命様を想い、イメージした勾玉と首飾りを制作しました。
勾玉は奉納され、首飾りは玉依比賣命様や神社関係者、参列者の方々にお披露目するだけでしたが、
どちらも細部までこだわりがあるクオリティの高さと、オリジナリティあふれる素晴らしい作品でした。
子持ち勾玉御守の奉納は、玉依比賣命神社とご縁が深い吉野由美さんが神社との間に入って実現したものです。
実は、玉依比賣命神社には今まで御守がありませんでした。
玉依比賣命にご縁が深い由美さんはそれを知り、玉依比賣命神社の御守を作りたいと思ったそうです。
実際に依頼がきて、奉納することになったのは、千葉由紀子さんの腕前と職人魂を見込まれたのもあるのでしょうが、きっと玉依比賣命様への想いが通じ、お導きがあったのではないかと思います。
というのは、吉野由美さんも、千葉由紀子さんも玉依比賣命神社や玉依比賣命様のことをもっと知ってもらいたいという想いから動いているからです。
子持ち勾玉御守の数は、全部で193個。
この193という数字は玉依比賣命様の数霊を表しているのだそうです。
サイズは大小の2種類。
螺旋状に撚った麻紐がついたものと、そうでないものがあります。
「タマヨリヒメノミコト」は、玉依毘売、玉依姫、玉依比賣など、その御神名にはいろいろな漢字が当てがわれていますが、神武天皇の母神と言われている存在です。
全国に祀られていらっしゃるタマヨリヒメノミコトですが、その御神名が神社名となっているのは、長野県松代市にある「玉依比賣命神社」のみとなっています。
タマ(玉)とは霊、ヨリ(依)とは憑りつくことで、「玉依」とは「神霊の依り代」という意味もあるそうです。
もともと日本には、漢字が入ってくる遙か昔から、ヲシテ文字などの神代文字(古代文字)がいくつもありました。
「タマヨリ」という言葉(音)がもともとあったということですね。
漢字はもともと中国の文字。
意味が近い漢字を後から当てがったことを考えると、必ずしも名前の字が全ての意味を表していないこともあると思います。
「タマヨリ」という同音異義語を探って行くと、いろいろと観えてくるかもしれません。
例えば、「依る」には「撚る(糸状のものをひねって絡み合わせる)」という同音異義語がありますが、
「玉依」を「霊(魂)撚」のように置き換えると、「霊(魂)を糸のように絡み合わせる(撚る)=命を繋ぎ、曼荼羅のように広めていく」というような意味をイメージすることもできます。
子持ち勾玉御守と一緒に入っている「玉依比賣命神社ご由緒略記」によると、
「海神の姫、玉依比賣が海の民と共に、信濃の地に渡来して定住、鎮座され、農耕の民の守護神として信仰を集めることになった」
「ご神徳は子授け、安産、子育て、女性の幸せ全般から、国家安泰、五穀豊穣他、多岐にわたる」
とあります。
実際にこの玉依比賣命神社に来てみると、玉依比賣命の御神氣(エネルギー)は大地の母とでもいうようなどっしりと印象を私は感じました。
この螺旋状に撚った(依った)麻紐は、DNAの形でもあり、玉依(魂撚)という命を繋いでいくというイメージも浮かんできますね。
優しいピンクと黄色の色合いも可愛らしく、勾玉の中には2つ繋がった左巻き、右巻きの渦がクロスしています。
渦はエネルギー、万物を生み出す源です。
ホツマツタヱでも宇宙創成(ビッグバン)の様子を左巻き(天)、右巻き(地)の渦で表現しています。
「少子化時代の救世主玉依比賣様のご神徳にあずかるべく、此度、手作りの子持ち勾玉守を特別に頒布する事となりました」
子持ち勾玉御守と一緒に入っている「玉依比賣命神社ご由緒略記」には、こう記されています。
御守を制作した千葉由紀子さんも、
「玉依比賣様と、子宝を望んでいるお母さんを想い、ひとつひとつに心を込めて作りました。この子持ち勾玉御守を通して玉依比賣命神社のことを知るキッカケになってもらえたらと思っています」
と話していました。
宮司さんに子持ち勾玉御守のお祓いと御霊を入れていただき、
取材も受けていました。
この子持ち勾玉御守は玉依比賣命神社へ一旦奉納された後、千葉由紀子さんの勾玉オルゴナイト工房が代理で授けることとなっております。
笛の音霊が御魂に響き渡る「奉納演奏」
今年は御神事が始まる前に森田梅泉さんによる笛の奉納演奏がありました。
縄文の笛、隕石、翡翠、篠笛、能管、龍笛、心笛、フルート、アルトフルート、竹インディアンフルートなど様々な笛を奏でる梅泉さんが現在の音楽活動を始めたのは、10年くらい前に「すぐに音楽を始めなさい!」と突然夢で告げられたのがきっかけなのだそうです。
各地で演奏活動の他に、伊勢神宮、石清水八幡宮、出雲大社、八坂神社、薬師寺などの神社仏閣での奉納演奏もされています。
奉納されたのは、梅泉さん自ら作曲した玉依比賣命様をイメージした曲。
穏やかながらも、どこか哀愁があり、静かな意思の強さを感じるような印象がありました。
笛の音色が音霊となり、拝殿の中を流れるように響き渡ります。
全身が音色に包まれ、御魂の深いところまで音霊が響いてくるかのようでした。
演奏が終わると、いよいよ児玉石神事が始まります。
昨年の勾玉の数は849個。
果たして、今年はどうなったのでしょうか?
「児玉石神事」の結果は?
「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ、十」
宮司さんは時折、火鉢に手を差し伸べ、かじかんだ手を温めながら、勾玉をひとつひとつ手に取ってはこの掛け声をひたすら繰り返し、
その声に合わせように、前方の左右両脇、後方右後ろにいる人が、「正」の字を書き足す。
昨年も参列させて頂いたのでどのように進むのかは見ていますが、この「児玉石神事」、とにかく地道です。
雪国長野の1月はとにかく寒い。
拝殿の中は火鉢やストーブがあるとはいえ、寒さを感じないわけではありません。
それでも、新年早々集まった参列者は、宮司さんがひとつひとつ勾玉を数える様子をじっと見守ります。
効率化を求める現代的な感覚だと、
「数なんてデータで管理すれば十分じゃないの?」
と思うかもしれません。
ただ数字上の数を追うのが目的なら、紙に書き足せばいいだけなので、とっくにそうしていたはずです。
でも、そうしなかったのは、1年ごとに、奉納された勾玉を実際に手に取り、見ることで確かめるということを大切にしてきたからではないでしょうか。
この「児玉石神事」では過去、誰も寄贈していないのに数が増えたり(生まれ石)、逆に減っているということもあったのだそうです。
なぜそうなるのかは分かりませんが、森羅万象が常に移り変わるように、自然界にあるもので産みだされた勾玉にも何らかの変化があるのではないかと思います。
自然に勾玉の数が増えたり、減ったりすることが時世に関わりがあるかのように、
悠仁親王(ひさひとしんのう)がご誕生になった前年は生まれ石が出たこともあったそうです。
吉野由美さんが初めて児玉石神事に参列したときがまさにこの時で、
児玉石神事をテーマに卒論を書いたと伺いました。
また、数が減った年の直後に阪神淡路大震災が起こったということもあったそうです。
「数を改めて、その年の吉凶を占う」
確かにこれが「児玉石神事」の主旨なのですが、数を改め終わった後は、勾玉を並べて参列者全員に拝見させて頂けます。
古代より作られてきた勾玉が一堂に会する様子は、かなり壮大で見応えがありますよ。
その周りには人だかりができ、なかなか写真も取れないくらいに(笑)
そうそう一番大きいのは真田家が奉納した石なのだそうです。
ここ松代は真田家に縁がある土地ですからね。
穴の中に水晶があるのが分かりますか?
スゴイですね!自然の神秘を感じます。
「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ、十」
ひたすら繰り返されていた宮司さんの声がやみました。
数え終わったようですね。
みんなで集計を待ちます。
結果は、、、
今年は来たり石が二個、生まれ石が一個で総数852個でした。
「来たり石」は奉納された石のことで、奉納されたわけではないのに増えたとされるのが「生まれ石」です。
勾玉の数の横に「御田祭包換」とありますよね?
これは拝殿の向かって左奥の祝詞殿で同時に行われている「御判(ごはん)神事(包換(つつみかえ))」の結果を表しています。
昨年の1月の御神事のときに甕(かめ)の中に収めておいた白粳飯(しろこわめし)の表面についた糀(こうじ)の状態を調べ、各種の作物を上・中・下で判別するというものです。
そして、また来年の御神事のために神前に供えた蒸飯を紙に包み、作物名を記して、甕に詰めます。
今年は全種類が「上」と判別されました。
おめでたいですね!
さてさて、数え終わった勾玉はというと、大きなテーブルが用意され、参列者にお披露目されます。
さっきまで宮司さんによって数えられていた勾玉が目の間に勢ぞろいして、みんな興奮気味に近づいてはスマホで写真を撮っていました。
長い歴史の中で奉納されてきた勾玉たちは、一年に一度、この児玉石神事のときだけ人々の目に触れます。
この松代の地でひっそりと、玉依比賣命神社の児玉石神事に参列した人だけにです。
博物館などで展示されるわけではないので、大々的な宣伝をするということも当然ありません。
しかし、ご縁がある方は勾玉を奉納する、しないに関わらず、
自然とこの松代の地にある玉依比賣命神社の児玉石神事に参列します。
神様のお導きがあるのは言うまでもありませんが、
そこにあるのは、人と人を地道に繋いでいる尽力です。
人と人だけではなく、神様と人もですね。
実際、私もそうですが、子持ち勾玉御守を奉納した千葉由紀子さんも、
今年初参加の桃崎夫妻も、典子さんも、吉野由美さんがご縁を繋いでくださいました。
ネット社会全盛と言われますが、情報はあくまで人と人とを媒介するためのツールのようなもの。
本当にご縁ある人を繋ぐというのは、情報というより、結局は人と人だからです。
昨年同様、御神事後の直会では、豚汁とご飯と御酒を頂きました。
どれも本当に美味しいだけでなく、氏子さんたちが何度も側にやってきては御酒をついでくださり、豚汁とご飯のお代わりを笑顔で勧めてくださいます。
そうそう、この席でも梅泉さんが笛の演奏を披露してくださいましたよ。
皆様の温かいおもてなしの心に触れ、笑顔で玉依比賣命神社を後にしました。
玉依比賣命様、玉依比賣命神社の方々、吉野由美さん、
ご一緒に参列してくださった皆様、本年も素晴らしい時間をありがとうございました。
平成最後の年、新たな年号になる年に奉納された「子持ち勾玉御守」が子宝を望むお母さんをサポートし、
玉依比賣命神社の存在を知るキッカケとなることを心より願い、この記事の締めとさせて頂きます。
子持ち勾玉御守にご興味がある方、お望みの方は、下記サイトをご覧になってくださいね。
【勾玉オルゴナイト工房~長野県松代『玉依比賣命神社』御守り~】
私も奉納されたこの記念すべき日に、御守を授かりました。
素晴らしい笛の奉納演奏をしてくださった森田梅泉さんのサイトはこちらです。
P.S.この後は、皆神山へと向かいました。
昨年、訪れることができなかった「岩戸神社」へも行きましたよ!
さてさて、どうなったのでしょうか?
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