天下泰平と徳川家康

戦国の世に終止符を打った男

de2b68b6375b164ab0cb2df8b825deaa_s

徳川家康と言えば、徳川幕府を築いた人物として有名ですよね。
 

「日本人なら、歴史に興味ない方でも名前くらいは知っているはず」

と言い切れるくらいの存在です(「私は知らない!」という方もいるかもしれませんが 笑)。
 

徳川幕府、いわゆる江戸時代は265年続きました。

これには諸説ありますが、家康が征夷大将軍として任命された1603年から明治に改元された1868年(10月23日)をここでは指しています。
 
 

家康は、長く続いた戦乱の世に終止符を打った人物。
 

それ以前は、争いが絶えない時代で、

遡って行くと、安土桃山時代、室町時代、鎌倉時代、平安時代、、、となっていきますが、

大小や細かい時期はあるにせよ、日本中で争っていた時代。
 

現代的な感覚で分かりやすく言うと、東京都と千葉県で争っていたような感じですね。
 

あっ、ちなみに戦国時代は、室町時代末期に起こった応仁の乱から織田信長・豊臣秀吉が政権を握った時期のことで、

正式な時代区分ではないようです。

まあ、どう呼ぼうかは個人の呼びやすい方でいいと思います(笑)
 
 

家康は徳川幕府として、天下泰平を築きました。
 

もちろん、鎌倉幕府、室町幕府とそれぞれ征夷大将軍(将軍)は存在していましたが、

本当の意味で統一できていなかったということですね。
 

武士同士でも争っていたし、もう一つ日本の歴史で外せないのが、朝廷(天皇)との関係です。

外国人が理解できない「朝幕併存(朝幕併存)」という日本独自のシステム

日本の歴史は「朝幕併存(ちょうばくへいぞん)」。

つまり、朝廷(天皇)と幕府(武士)が併存して国を治めていたというシステムで成り立っていました。
 

これ、日本人なら当たり前のように受け入れていますが、他の国ならあり得ないことなんですね。
 

なぜなら、外国の場合、

「どちらかが滅ぼされ、どちらかが生き残る」

すなわちトップ(頂点)は一つなので。
 

だから、外国人が日本の歴史で分かりづらいのは、朝廷(天皇)と幕府(武士)が併存しながら国を治めていたということなのだそうです。
 
 

でも、この朝幕併存を

「日本人は和の民族ですから」

と外国人に説明すると恥をかきます(笑)
 

なぜなら、朝廷(天皇)と幕府(武士)が仲良く手を取り合っていたかというと、そうでもありません。
 

もちろん、幕府(武士)は朝廷(天皇)を立てていました。

やはり、天皇という存在が日本人にとっては特別な存在であることは昔から変わらないので。
 

それは、平安時代、あれほど権力を握ってい藤原氏が娘を天皇に嫁がせるだけで、

朝廷(天皇)を乗っ取ろうとはしなかったことからも伺えます。
 

でも、いかに自分たちの政権(立場)が優位に立てるかということをお互いが探り、またそのことで揉めたりしたことはあったということですね。
 

もちろん、和の精神がある日本人だからこそ朝廷と幕府が併存するという政治形態が成り立っていたとも言えますが、

本当の意味で「和とはなんだろう?」と考えたときに、そうではなかったのではと思います。

武士の意識を変える?

徳川家康は、戦国時代に終止符を打ち、徳川幕府を開きました。

でも、幕府を開いたから、すぐに平和になったのかというとそうではありません。
 

ついちょっと前まで争うことが当たり前(日常)だったのに、

「はい、今日から徳川幕府を開きます!」

と言ったからといって、変われないです、きっと(笑)
 
 

そもそも、人の意識って、そう簡単には変わらないです。

まあ、この時点では豊臣家がまだ存在していましたし、どうなるかは予断ならない状況でもありましたが。
 

武士は争いがあるからこそ、存在意義があります。

「では、争いがなくなったら?」
 

失業です。
 

家康は、織田信長や豊臣秀吉を参考に、これから武士の世をどうするかを模索していきました。

当然、部下につく側(支配される側)は面白くないことがたくさんあったでしょう。
 

時代劇などで、家康が策士のように悪く描かれることがあります。

参勤交代などは、大名の力(財力)を削ぐためとも言われていますよね。
 

でも、見方を変えれば、多少、荒療治で強制的な手段を取ったのは、

争うことが日常化している武士の意識を変えるためだったともとれます。
 
 

家康が築いた徳川幕府は265年続き、一般的には天下泰平(平和)だと言われています。

それを成し遂げるために家康がしたことは、見方によって意見が分かれるでしょう。
 

ただ、日本にも時代区分があるように、宇宙(地球)にも時代区分があります。

分離に1万3000年、統合に1万3000年というサイクルです。
 

家康の時代は分離の時期の真っ最中。
 

縄文時代は1万年以上続き、平和だったと言われますが、

始まりが1万3000年前ということは、ちょうど統合の時期が終わり、分離の時期にさしかかったところだったと推測できますね。
 

まだ統合(調和)の名残があり、徐々に分離していった縄文時代と、分離真っ最中の江戸時代では、地球の波動が全然違います。

その中で、265年続く政権を維持し、天下泰平と呼ばれる時代の礎を築いた徳川家康はやはりスゴイ人だったと改めて思う今日この頃です。
 
 

P.S.家康と言えば、江戸。

江戸と言えば、江戸東京博物館?
 

平成5年に開館した「江戸東京博物館」は、

原寸大の江戸の町並みをリアルに体感したり、精妙なジオラマを見ることができたりと、

臨場感溢れる江戸の町にタイムスリップしたかのような場所です。
 

両国駅(JR総武線・都営地下鉄大江戸線)すぐ側なので、

ご興味ある方ははぜひ!

江戸東京博物館
 

P.S2.冒頭の写真は、旅ラン倶楽部さんによる写真ACからの写真です。

de2b68b6375b164ab0cb2df8b825deaa_s

使わせていただきありがとうございます。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です