タマシイの喜び、タマシイの望み

今日は2022年2月1日。

旧正月、そして新月ですね。

旧正月とは旧暦の1月1日のことで、
日本では1872年(明治5年)まで
旧暦が使われていました。
 

旧正月(旧暦)って、現代の日本ではあまり関心がない人が
ほとんどだと思います。

正直、ぼくも数年前までは全く関心がありませんでした。
 

でも、長い、長い日本の歴史から見たら、
新暦(現在の暦)が使われるようになって、
まだ150年くらい。

連綿と続いてきた日本の歴史という観点からすれば、
旧暦の方が圧倒的に長い。

そう思うようになってから、「旧正月」という日を
意識するようになりました。

この日が本当の意味で1年の始まりだ、という。
 

そして、歴史と言えば、
今は長い、長い歴史の中でも、
世界的に、地球規模で「大変」な時期となっていますよね。
 

「大変」と書いて「大きく変わる」

世界的に「なにか」が大きく変わろうとしている。

ぼくを含め、きっと、そう感じている人も多いはず。

とはいうものの、その「なにか」がまだハッキリ分からない。

わからないから不安になる。

「この先、どうなるんだろう」と。
 

長い、長い歴史の中で「大変」な時期はたくさんありました。

そして、それは時代が「大きく変わる」とき。

そんなとき、
人は自分自身と向き合わざるを得なくなります。

自分の人生を見つめ直したり、
自分が生きる意味を考えたり、と。
 

ぼくも自分自身を見つめ直す日々を送っていました。

さまざまな情報が飛び交う中、
自分にとって必要なもの、必要ないものを取捨選択し、
一歩引いて、客観的に捉えるように心がけながら。

「自分はこれからどう生きていけばいいのか?」と。
 

長くなるので詳しい事はかなり端折っちゃいますが、
結論としては非常にシンプルなところに落ち着きました。

そして、これは数年前よりずっと感じていたことでもあり、
目新しいものでもありません。

でも、「やっぱり、これしかないな」って思うのです。
 

それは、「魂の喜び、望みを生きる」ということ。

アタマでもなく、
ココロでもなく、
もっとも奥深いところ、
タマシイという根源的な要素が
喜び、望んでいることを。
 

タマシイは「好奇心」に満ち溢れている。
それは人それぞれ違うし、違ってていい。

ある人は料理をすることで。
ある人は絵を描くことで。
ある人は山を登ることで。

漫画を読むことかもしれないし、
ゲームをすることかもしれません。

どんなことに「好奇心」が向いたとしても、
そこに優劣という概念なんてない。

だって、好きなんだから
 

僕にとってタマシイが喜びを感じることは、
「言葉」であり「文字」です。

そのキッカケとなったのが、
「ホツマツタヱ」という歴史書との出会いであり、
「ヲシテ文字」という神代文字との出会いです。
 

日本語の奥深さ。
そして、言葉の奥深さ。
日本の奥深さ。
そして、世界の、地球の、宇宙の奥深さ。

深遠なる道、
深遠なる未知。

もっと、もっと、
探求していきたいな、と。

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