この宇宙の始まりが「好奇心」だったとしたら、、、

「今、ここ」に確かに存在している自分がいる。

それを認識している身体があり、心がある。

そのもととなるものを、
「いのち」と呼んだり、
「タマシイ」と呼んだりもする。
 

「そもそも、タマシイはあるのか?」
ということには賛否両論あるでしょうが。

ただ、いまここにある「自分」という存在を認識している「なにか」があることは確か。
 

こころ
いのち
タマシイ

呼び方は何でもいいのだけれど、
その始まり、そのもとを辿っていったとき、
辿り着くのは「宇宙の始まり」というかなり壮大な領域。
 

宇宙の始まりは「ビッグバン」という爆発的な膨張によって起こったと言われています。

そこから、長い、長い時間をかけて、星や惑星、生命が誕生しました。
 

「宇宙の始まりなんて興味ない」
という人もいるでしょう。

ぼくも数年前までは全くといっていいほど興味ありませんでした。
 

でも、よくよく考えてみると、です。

そもそも宇宙が始まらなかったら、
「いま、ここにいる自分も存在していない」
ということになる、、、わけです。
 

人が興味を持てない最大の理由は至ってシンプルで、
「自分には関係ない」と感じるから。

でも、何かしらのキッカケによって、
その「自分には関係ない」という遮断された状態を
解除してくれる場合があります。
 

ぼくが「宇宙の始まり(ビッグバン)」
という壮大な領域に興味を持つようになったのもキッカケがあります。

それが「ホツマツタヱ」をいう歴史書であり、
「ヲシテ文字」という神代文字です。
 

最近、常々思うのは、
「なぜ、宇宙はビッグバンを起こしたのだろう?」
「なぜ、この宇宙を創造し、星や惑星、ぼくたちが生きている地球を、生命を創造したのだろう?」
ということ。
 

その理由(動機)の1つが「好奇心」なのではないかと思っています。

ぼくたちが「好奇心」によって様々なものを創造するように、
宇宙も「好奇心」によって、この宇宙を、世界を創造したのではないか、と。

それも「壮大な好奇心」によって。
 

だって規模が全然違うから。

この宇宙、星や惑星、生命という、
ぼくたちが創造するものとは比べ物にならないくらい
壮大な規模の創造力をもっているから。
 

そして、ぼくたちが自分自身を認識している「なにか」の大元が
宇宙という壮大な「なにか」から生まれたのだとしたら?

そこには「大きなつながり」がある。
 

きっと宇宙は、ぼくたちという存在を通して体験したかったのだと思う。

ぼくたち一人一人が体験する人生というストーリー(物語)を。
 

宇宙がまだ始まる前、そこにあったのは、
ただ「在る」「存在する」という状態だった。

そこは莫大なエネルギーで満ち溢れていて、
満たされてもいた。
 

でも「在る」「存在する」という状態ではなく、
もっとより具体的な「体験」がしてみたかった。

それも、一つや二つではなく、数えきれないくらいたくさんの。

その1つがあなたの人生というストーリー(物語)です。
 

ぼくたちが映画やドラマをハラハラドキドキしながら追体験するように、
宇宙も追体験しているのではないか、と(ハラハラドキドキはしないとしても)。
 

宇宙の「壮大な好奇心」がぼくたちの中にもある。

その「壮大な好奇心」によって、
自分の人生を、そこで展開されるストーリー(物語)を
最高に面白くしていきたいな、と思います。

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