「和多志(わたし)」という漢字をヲシテ文字から連想してみると?

「私(わたし)」という漢字があります。

実は、この「私(わたし)」、
戦前は「和多志(わたし)」という漢字が使われていたという話があるのをご存知ですか?
 

「多くの志(こころざし)」
「和」

漢字だけ見てもわけるように、
日常的に使っている「私」と比べると
意味の広がりが全然違うのが分かりますよね。

「日本人らしい」
とも思います。
 

とはいうものの、
「そんな話聞いたことない」
という人がほどんどではないでしょうか。

検索してみるとわかりますが、
この説、かなり賛否両論みたいです。
 

なぜ戦後、この漢字が使われなくなったのかというと、
「戦後、GHQによって使うのを禁止されていた」
というのが理由に挙げられています。

それに対して、
「でも、戦前の書物にそんな文字は使われていない」
という意見もあります。
 

確かに、GHQの戦後政策には、
「日本人の精神性を表すようなものを排除したい」
という意図があったのは確かです。
 

例えば、漢字については次のような書き換えがされています。

「氣」⇒「気」

「〆」・・・しめる
「米」・・・四方八方に広がる

意味が全然違いますし、お米は古来より日本人にとって大切なもの。
 

そう考えると、
「和多志」⇒「私」説も一理あるかなと思います。
 

ただ、こうも思うのです。

漢字が中国から入ってくる前に、
「わ」「た」「し」という言葉自体は日本にあったわけです。

あったからこそ、漢字を中国読みではなく、
日本で使っていた言葉で読むようになったわけですから。
 

日本には漢字以前にも文字があったと言われています。

神代文字(かみよもじ)というものです。

その1つ、ヲシテ文字で「わたし」と書くとこうなります。

金色の文字がヲシテ文字です。

「わ」は大きくわけて2つの書き方があり、
その内の1つ、左側は「右巻きの渦」を表しています。
 

ヲシテ文字では、
「あ」が左巻きの渦で「陽」を表し、
「わ」が右巻きの渦で「陰」を表しているとされています。

「陰」は受け入れる、受容するという意味でもあり、
その「陰」が「わ」という文字で表されているのです。
 

日本には、この「わ」という概念がもともとあった。

そして、この「わ」という概念に「和」という漢字を当てたのではないでしょうか。
 

「和」とはさまざまな違う考えを受け入れていくこと。

違う考え、概念を受け入れていくからこそ、「和する」ことができるのです。
 

ヲシテ文字については別の記事で詳しく書きますが、
ここではざっとカンタンに。

「た」は「○」の中に「Y」の形があります。

「○」は母音で「うつほ(宇宙そのもの)」を表し、
「Y」は子音で「五元素のエネルギーを集約する」
という意味です。

※五元素とは、
・うつほ(宇宙そのもの)
・かぜ(風の源)
・ほ(火の源)
・みづ(水の源)
・はに(土の源)
のことです。
 

「し」は「Ω」の中に「ー」の形があります。

「Ω」は母音で「風の源」を表し、
「ー」は子音で「払う」「静める」という意味です。

(※ヲシテ文字の解釈は諸説あります。)
 

「わ」・・・陰という受容のエネルギーを表す⇒受け入れるからこそ和することができる⇒「和」
「た」・・・宇宙という広大な領域で五元素のエネルギーを集約する⇒多くの要素を集める⇒「多」
「し」・・・風というどこまでも自由に捉えどころのないものを静める。⇒いろいろある選択肢の中から自分が「これ」と思ったものに定める⇒「志」
 

ちょっと、説明が苦しいところもありますが、
ヲシテ文字の「わ」「た」「し」という一字一字の意味から
「和多志(わたし)」を連想してみました。

日本語って奥深くて、面白い。

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