究極の「ありがとう」

「ありがとう」

日常で何気なく使われる感謝を伝える言葉。
 

たった五文字だけど、
「ありがとう」
という言葉には特別な響きがある。
 

架け橋となって、
お互いの心と心を繋いでくれるような「あたたかみ」がある。
 

日本語には様々な言葉があるけれど、
これほど「シンプルで美しい言葉」はないんじゃないか、
と思えるほどに。
 

この「ありがとう」の語源は「有り難し」。

読んで字のごとく、
「有ることが難しい」
という意味。
 

何かを手に入れたとき、
誰かと出会ったとき、
最初に感じていた新鮮な「うれしい」気持ちは、
いつしか「あたりまえ」になっていく。
 

でも、この「あたりまえ」は、
たまたま「あたりまえ」という状態を保っているだけで、
次の瞬間、失う可能性だってある。
 

朝、自分が生きていても、夜には死んでいるかもしれないから。
 

「何かが足りない、、、」

そんな不足を埋めるように何かを求めていると、
延々と「不足を埋める」というゲームを繰り返してしまう。
 

今まで、どれだけ、
そんな「不足を埋める」ゲームを繰り返してきたのだろう。
 

人は誰でも「究極の有る」をもっている。

「自分が在る」
「自分が存在する」
という究極の有るを。
 

お金、仕事、人間関係、健康、、、

いろいろと問題はあるかもしれない。
 

でも、まだ究極の「在る」が有るじゃないか。
 

そこに気づき、一筋の光を見出せたら、
これほど心強いものはない。
 

まだ、大丈夫。

まだまだ、大丈夫だから。

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