『使命』

天地が
分かれて
大いなる光
世に降り立つ
それぞれの
使命を帯びて
散りばめられた
光の欠片たち
世は困窮し
人は彷徨い
法も規範も
崩壊する
暗雲が
立ち込めて
雷神が
雄叫びをあげ
激しき雨が
大地を打つ
風神の
激しき息吹が
木々をなぎ倒し
行くてを遮る
自らの使命忘れた
彷徨える光たちよ
いまこの時に
あなたの使命
思い出し給え
いまこの時に
あなたの使命
体現し給え
自らの光
取り戻し給え
あなたが
使命果たす時
みなが使命果たす時
争いのもと
絶たれて
世の困窮も
瓦解する
まずあなたから
はじめよ
あなたから
体現せよ
あなたが
自覚せよ
世の調和は
あなたから
はじまるということを

 

この作品は2016年の8月に書いたものを2年後くらいかな。
新たに書き直したものです。

確か8月8日だったと思います。
愛知県の竹島に行ったんです。

その頃のぼくは色々と行き詰っていました。
それを察した愛知県の知り合いが誘ってくれたのです。

竹島にある八百富神社を参拝しました。
この竹島全体が八百富神社の御神域になっていて、
境内には宇賀神社、大黒神社、千歳神社、八大龍神社があります。

全ての神社に参拝しましたが、中でも八百富神社と八大龍神社が特によかったです。

神社って手を合わせたときに波長が合うというか、
スッと繋るような感覚を覚えるときがあるんですよね。
一体感、同化するみたいな。

そういう感覚が八百富神社と八大龍神社からは感じました。
特に八大龍神社はエネルギーが強かった。

愛知県から帰って何日後か忘れちゃいましたが、
突然、言葉が降りてきたんです。

それを書き留めたのですが、
なんだか語気も強いし、自分の言葉じゃないような感じがして。
ちょっと違和感はありましたが、作品として書きました。

これが最初に書いたときのものです。

あれから約6年半くらい。
今の混沌とした世の中を観てみると、
この詩に書かれた言葉たちに改めて感じるものがあります。

「使命」という言葉の印象から、
何か大きなことをしなきゃいけないって思う人もいるかもしれません。

ぼくもこの作品を書いたときはそう思っていましたが、今は違います。

あくまで今のぼくの解釈ですが、
「使命」は「命を使う」と書きます。

世に名を残すとか、特別な成果を出すだけが使命なわけじゃない。
それは人間が勝手に決めた尺度であって、
その人なりの命の在り方があるということです。

きっとそれは、何か特別な存在から命じられたものでもなく、
自分自身が生まれる前に決めてきたこと。

ぼくにとって、それは書くこと。
それは文章かもしれないし、
筆文字で作品を書くことかもしれない。

別にキッチリと、杓子定規に決めなくてもいい。
内なる喜びに身をゆだねてみたい。

いま、深いところで感じているのは、
「詩書画」を書くこと。

「自分なりの詩書画を探求してみたい」と。

 

P.S.記事を書くのは「超」がつくくらい久しぶりです。
何を書いてもしっくりこなくて、以前書いた記事も下書きに戻してしまっていました。

最近、このブログのサポートをしてくれている友人と
久しぶりにメッセージのやり取りをすることがありました。

そのやり取りの中で、彼からこんな問いかけがあったのです。

「どうすると自分を一番大切に出来てるように感じるかな?」

昨日、この問いかけがアタマから離れなくて、ちょっと悶々としてました。

でも今朝起きたときに、
「あっ、これはサインだ」
と思えるようなちょっとした出来事があり、
今日から記事書こうって思ったのです。

そう決めたら、なんだかスッキリして、
今日はすごく穏やかに、のびのびと過ごすことができました。
そして、時間ギリギリで何とか今日中に記事を投稿できたというわけです(笑)

この問いかけをしてくれた友人に感謝。
いつも適切な言葉や問いかけをしてくれるんです。
ありがとう。

彼はパソコンのサポートだけじゃなく、
心身の癒しに関してもサポートしてくれます。

よこさぽ。

 

P.P.S.
ちなみに6年半くらい前、愛知県の竹島に誘ってくれた知り合いは
西洋占星術コンサルタントをしています。
ぼくもセッションを受け、オリジナルのカルテを作っていただきました。

「ぼくという人間の在り方、
きっと生まれる前にそうありたいと望んできた在り方が
このカルテには書かれている」
と改めて感じます。

MAAYA占星術

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